旅立ち

これ以降、苦しいときにはカウンセリングで気持ちを吐露して自分を立て直すことができていくようになった。もちろん、自分のふるまいを受け入れ、自分の心の有り様を見つめてみようとカウンセリングを進めたからといって、寂しさがすぐに消えるわけではない。

だが、彼女は自分の苦しみに耐えながら、素直に自分のできることをしようとし始めた。[受容]されることが彼女の中に希望を生み出し、希望は自己受容を深める。そしてそれは、さらなる希望につながる。良い循環が起こり始めたのだ。

大学、バイト先で

指導教員はダメ出しが厳しい人であった。考え方や文書の書き方だけでなく、口のきき方や態度などにも厳しい人だった。そのため、いつもわたしは嫌われているんじゃないか、わたしを否定しているんじゃないかと気に病んでいた。

〈叱られるのは、あなただけですか〉

「いいえ」

〈あなたが嫌いなわけでも、あなたがだめだと言っているわけでもなさそうですね。自分は否定されていると思い込むのを、少しやめてみましょう。先生の言う通りに、一生懸命やっていくのが一番いいと思います〉

バイト先では、店長から、声が小さい、もたもたしていると怒鳴られてびくびくし、顔色を窺いながら店の中をうろうろしていた。

〈店長さん、あなたに嫌がらせをしているのですか? 怒鳴られるのはあなただけですか?〉

「とんでもありません! わたしがぐずなんです。使い物にならないから怒鳴られるんです……でもみんなにも怒鳴っています……」

〈もうおまえはやめろ、くびだ、と言われていますか〉

「いいえ……」

〈ではびくびくしても仕方ないですよね。本当に嫌になったら自分からやめてもいいでしょう。でも今のところ、店長さんはあなたのことを否定して怒鳴っているわけではなさそうですし、あなたが嫌いだとかだめだと思ってもいないようですね。怒鳴るのは気にせず、やることに集中できますか?〉

そしてそうやってみたところ、彼女は次のように言うのだった。

「結局、わたしは小さい頃から人の言う通りにしなくちゃと思ってやってきたんです。そうするとほめられるし。でもそれって、主体性がないってことですよね。最近は人が言うことに従うのに、すぐ疲れるようになって。ゼミの先生の言う通りにするのも、店長の言うことを聞くのも、ああ、はいはいと思うだけで、頑張りが足りなくなってきているんです。わたしは人の言いなりになっていくしかないんでしょうか」

〈あなたは、これまで、ずいぶんとつらいことに耐えて、やってきたと思います。耐えるということの中には、人の言うことを聞くことも入ります。母親と暮らす中で耐えて、人の言うことを聞いて生きてきたわけで、それは必要だから身に付けた生き方です。仕方ない、と言うより、並々ならぬことです。本当によくやってきたんだと思います〉

〈あなたは今、自分で考え、自分から何かしようとしている。それは先生や店長の言うことをあなたはできるようになってしまって、彼らの言うことに振り回されなくもなってきたからではないでしょうか。それはすばらしいことじゃないかな〉

〈自分で変わろうとし、これまでの自分を批判的に見ながらも変われる気がしてきていて、これからの自分が今ちょうど育っているところだから、人の言うことを聞くのに疲れたり、言いなりに動くことに飽いてしまうのは当たり前で、努力不足、とか、あなたがしっかりしていない、とかでは決してないですよ〉

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『毒親の彼方に』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。