「人」はどうも「勝つ」意識を持つと、その気持ちの持って行く場所を相手に求めてしまいます。つまり、「A君に勝つ」とか「Bチームに勝つ」というふうに、気持ちのベクトルが相手にだけ向いてしまいます。

一方で、「負けないようにしよう」というのは、まず「自分自身に負けないでいよう」というのが基本となるので、ある意味「自分との勝負」になり、気持ちのベクトルが自分自身に向いています。

気持ちのベクトルが相手ではなく自分に向いたからといって必ず成功するものではありませんが、私が今まで「勝つ」という言葉よりも「負けない」という言葉を使って支援したときのほうが、その本人の力が出せていたのです。

やはり「勝つ」という言葉には、ただ一点の勝負という感じがありますが、「負けない」という言葉には「自分の心のコントロールをすれば良い」というわずかなゆとりを持つことができるのかもしれません。

その「子ども」が勝負に挑む気持ちを盛り上げ、自らの力を発揮できるよう指導者のかける言葉にも心配りをしたいものです。

外向けの「勝ちたい」と内向けの「負けたくない」。まずは自分との勝負!

三十八 ドラマティックな教育を創造する

「子ども」を教育する際、私は理論的なことより感覚的に教育することのほうが多い気がします。

そもそも相手が「人間」なわけですから、すべてが教科書通りに事が進むはずがないのです。ですから、当然その教育は自ずとそのときそのときの感覚的な判断に頼らざるを得ません。しかし感覚的に判断し教育するとしても、何か自分なりの拠り所というものが必要です。私がよくやることは、一つ一つの教育を自分なりのハッピーエンドで終わるドラマ仕立てにすることです。

つまり、「子ども」が幸せになる完結編のドラマをつくるのです。「子ども」の今の状態が教育することによってこんな良い状態で終われるように、「そのために、ここはこうして、こうなってきたところでこういう状態まで持って行ければいいなぁ。あとはここまで持ってこられたらハッピーエンドで幕を下ろせるだろうなぁ」と自分なりに教育をドラマ仕立てに組み立てます。

冒頭にも述べましたが、そもそも「子ども」を教育するということは「筋書きのないドラマ」です。これがいかに具体的に結果を生み出せるかが一つの勝負なのです。多少筋書きは良くなくとも、そのドラマでそれなりの結果が出ればオッケーです。一流の作家が書いたドラマのように他人に感動を与えられるような筋書きは書けないかもしれませんが、ある程度の教育が施されればそれなりに結果は出るものです。

肝心なことは、その「子ども」のそのときそのときの様子に合わせて変幻自在に流れや関わり方を変えることです。さぁ、今日はどんなドラマが創造できるか、楽しみにしながら「子ども」と向き合ってみてください。教育とはその「人」といかにドラマティックな生き方を創造できるかだ!

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『「子ども」が「人」に育つには』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。