男の「My Life」のアカウントには、数多くの画像やチャット、知り合いのつながりが積み重なっている。最も古いのは十五年前、男がまだティーンエイジャーだった頃の画像だ。サッカーボールに片足を乗せた男の子たちが一列に並んでいる。男は左から二番目で勇ましく口を結んでいる。

どこかの家の居間の画像では、もう少し大きくなった男の子や女の子が折り重なって思い思いのポーズをとり、上気した顔が弾けている。

少年っぽさが消えてやや落ち着きが出てきた男の画像。同じ面影の、少し年老いた、母親と見える女性と顔を寄せ合っている画像もある。

それから、海沿いの道で小さい車のボンネットに腰かけ、少し間はあるものの隣の女の子を抱き寄せている画像はすでに青年の顔だ。

教室の中を写した画像では、男がマイクを握り、スクリーンを指し示しながら、何か熱心に聴衆に話しかけている。大学生の頃の研究発表の様子だろうか。

卒業式の画像だろう、大学のキャンパスのような場所でガウンをまとい、賞状を手に微笑んでいる画像もある。そして、ネクタイとスーツがまだ初々しい男が、きれいにドレスアップした女の子たちと踊っている……。

それぞれの画像には五十以上の「Good!」がついていた。まるで古い友人のように、男のこれまでの足跡、順風で健全な足跡を覗くことができる。

男は、いくつかの画像を保管しているアーカイブを開こうとして、やめた。その中には、男と、男の友人と女の三人でディナーテーブルを囲んでいる画像があるはずだ。

男がまだ故郷のロンドンにいた三年前の冬、大学時代の友人が、東京から来た日本人の妻を紹介したいと、自宅の夕食に招いてくれたことがあった。銀行員であるその友人が東京に駐在している時に知り合ったのだそうだ。

「Tokyo」。その言葉を聞くと、男の胸にはティーンエイジャーの頃のひりひりした想いが一瞬よみがえる。だが、すぐに蓋をした。それでもその地名は、否応なく男の興味を掻き立てる。ましてそこから来た女性ともなれば、なおさらだった。

友人の妻は大きな黒い瞳の美しい女性だった。大人しく、つつましく、夕食の間ずっと、微笑を湛えていた。まだ英語に慣れていないとかで、自分から発する言葉は少なかった。何度か男から話を振ったり質問したりしたが、二回に一回は反応がなかった(友人の妻は自分が答える番だと気づいていないようだった)。会話の内容をどこまで理解しているのか、疑問に思わないでもなかったが、男が妻の顔を見ると、口の両端をさらに上げてそれに応えた。

ひとしきり食べ終えてから、友人と妻は皿をまとめてキッチンに運び、ざっと汚れを落として、コーヒーの用意にとりかかった。男の目の前に、二人の後ろ姿が並んでいた。二人は日本語で何か話をしているが、男にはわからない。

妻は長い黒髪を丸めてヘアクリップで留めており、その下のうなじに、男はその時初めて気づいた。白く、細く、線を描いて肩に流れる線。妻の横にいる友人の目には入らない。今、自分だけが見ている、と思うと、男は熱くなりかけた。だがその想いも、友人が差し出してくれたコーヒーの香りに霧散した。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Wish You Were Here』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。