一幕のドイツ歌芝居「バスティアンとバスティエンヌ」 K.50/46b

モーツァルトは生涯にわたって歌劇作品を作り続けた。歌劇作品はモーツァルトが最も精魂込めて作曲したものであろう。モーツァルトが最も強く作曲したいと願ったのは他ならぬ歌劇作品であった。

その記念碑的な第一作は11歳の時に作曲されたラテン語喜劇、「アポロとヒアチントゥスK.38」であった。演奏時間1時間半の五幕からなる歌劇である。11歳の少年がこのような大作を作曲するとは、ただただ驚くばかりである。

第二作目が12歳の時の三幕の喜歌劇(オペラ・ブッファ)「ラ・フィンタ・センプリチェK.51である。この作品の演奏時間はなんと2時間半にもなる。さらにこの12歳の時に完成された第三作目が、この「バスティアンとバスティエンヌ」であった。

以来傑作を発表し続け、最後の歌劇作品が亡くなる年の「皇帝ティーとの慈悲K.621」であった。このように歌劇作品はモーツァルトの生涯を通して作曲され続けていったのである。

さて、この曲は1767年ザルツブルクで作曲が始められ、旅先の1768年にウィーンで完成された。モーツァルト12歳。モーツァルト初めてのドイツ歌芝居である。小学校六年生にあたる歳で40分にもわ22たる歌芝居を完成させるとは! ただただ驚くばかりである。

フランスのジャン・ジャック・ルソーの「村の占い師」の物語(ドイツ語訳)にモーツァルトが音楽をつけた。登場人物は羊飼いの娘バスティエンヌ、その恋人バスティアン、魔法使いのコラの三人のみである。バスティエンヌは最近バスティアンが冷たいので悩んでいる。そのことをコラに相談すると、コラはわざと彼を焦らすように勧めてしまう。この忠告に従ったバスティエンヌはバスティアンと喧嘩になってしまう。しかし、最後は仲直りして、めでたし、めでたしで終わる。

素朴な歌芝居であるが、音楽はとても素晴らしく美しい。ウィーン国立歌劇場ではよく子供のための歌劇として上演される。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『いつもモーツァルトがそばにいる。ある生物学者の愛聴記』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。