【前回の記事を読む】モーツァルトの記念的作品『ヴァイオリン協奏曲第1番』の魅力

交響曲第1番 K.16

モーツァルトは生涯にわたって交響曲を作曲し続けた。19世紀に刊行された旧モーツァルト全集は全四十一曲であったが、その後発見された曲を含めると交響曲はなんと約七十曲に及ぶ。モーツァルトの作品の中では最も多いのである。

そんなモーツァルトの作品を代表する交響曲の輝かしい処女作がこの第1番なのである。なんと8歳で交響曲を完成させるとは、ただただ神童の才能には驚くばかりである。

この曲は1764年ロンドンで完成された。1763年6月からモーツァルト一家はいわゆる「西方への旅」を始めた。ドイツからフランスを経てイギリスに及んだ大旅行であった。7歳で旅立ったモーツァルトはロンドンでは8歳になっていた。

日本で言えば、小学校二年から三年である。遊びたい年頃であるにも関わらず、少年モーツァルトは音楽の勉強に勤しんでいた。私はこのころ遊び呆けており、学校から帰ると鞄を置いて暗くなるまで面メン子コや貝ベーゴマ独楽、ゴロベースで遊んでいたものであった。

少年モーツァルトはこの旅で、多くの人と出会い、様々な体験をし、音楽家としても人間としても大きく成長していったのである。モーツァルトにとってこの旅の貴重な体験の一つが、この地ロンドンで、大バッハ(ヨハン・セバスティアン・バッハ)の末息子、ヨハン・クリスティアン・バッハに会って、交響曲の作曲に開眼したことであった。

クリスティアン・バッハはロンドンに来るまではイタリアに滞在し、「ミラノのバッハ」と呼ばれていた。ドイツ音楽にイタリアの風を吹き込んだ音楽家の一人であった。彼は、8歳のモーツァルトの類い稀な才能を目の当たりにして驚き、交響曲の作曲法について熱心に指導したのであった。

そんな親子以上に年の離れた二人の友情の証として、この交響曲は多くの人に愛され続けている。モーツァルトの天才の萌芽がこの曲の随所に見られるのである。オーボエ2、ホルン2、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバスの編成で、演奏時間は約15分である。

第1楽章モルト・アレグロ。力強い印象的な音楽で始まる。この主題は何回も繰り返される。大都会ロンドンの活気溢れる雰囲気が伝わってくるような旋律である。次いで流麗な旋律がいくつも現れる。それらが交錯しながら一つの調和を保っているところが素晴らしい。これから訪れる輝かしい未来に向かって、勇敢に突き進む少年モーツァルトの決意のようなものが感じられる。最後に主題が変奏されて終了する。この楽章を聴くと明るい気持ちになり元気になれる。

第2楽章アンダンテ。この曲で私が最も好きな楽章である。ゆったりとして、のどかな音楽で始まる。しかし、そこはかとない悲しみが漂う。この出だしのところが特に好ましい。オーボエの哀切な響きが秀逸である。その後寂しさが増していく。この所はクレッシェンド(次第に強く)で表現される。モーツァルト最後の作品、「レクイエムK.626」の「ラ・クリモーサ(涙の日)」を彷彿とさせるところである。

最後に悲しみが遠ざかるようにしてこの楽章が閉じられる。ハ短調の調性で、8歳の少年が人間の悲しみを音楽で表現できるとは、ただただ驚くばかりである。聴く人の心を捉えて離さない、モーツァルトの音楽の魅力はもうすでに8歳の時に完成されていたのであろうか? 5分ほどの短い第2楽章の中にすでにモーツァルトの天賦の才能がきらめいている。

第3楽章プレスト。A-B-A-B-Aのロンド形式の音楽。冒頭部から明るい、溌剌とした舞曲風の音楽である。少年モーツァルトの瑞々しい感性が光っている。私の愛聴盤は、カール・ベーム指揮、ベルリン・フィル・ハーモニーの録音である(CD:ドイツ・グラモフォン、427241-2、1969年、ハンブルクで録音、輸入盤)。急緩急の音楽を端正に演奏している。少年モーツァルトの瑞々しい感性が光る曲を見事に再現している。