犬に睨まれ物置下に籠城

前のページで「繋がれて庭で飼われている大型犬は怖い」と話しただろ。それが分かっていながら、不注意にも庭で繋がれている犬に近づいて、散々な目に遭ったことがあるんだ。

ある日の朝、俺は自分の縄張りをいつものように巡回していたところ、見かけない猫を見つけた。そこで、縄張りから追い出そうと、追っかけていたんだけれど、夢中になり過ぎてしまった。気がつくと、榎本さんちから小道を挟んで3軒先の永山さんちの開いていた門扉から庭に入っていたんだ。

そこには怖い犬がいるから「行ってはいけない場所」との掟を不覚にも忘れてしまっていた。たちまち悲惨な状況に追い込まれたのは言うまでもない。

犬が俺を見逃す訳はない。俺をすぐに見つけて襲いかかって来た。茶系の雑種の犬だが、雄で喧嘩は強そうだ。冷静に考えれば、犬は繋がれているから、動ける距離はせいぜい半径2メートル範囲だ。俺は身軽で敏捷。ヒョイとそこから離れれば済むことだ。しかし、恐怖を前にすると、そういう理性は働かない。隠れることしか頭に浮かばない。

俺は犬小屋近くにあった物置の下に慌てて潜りこんだ。僅かに15センチくらいの隙間があったのだ。俺は体がしなやかだから、地に横たわるような体勢をとれば、それくらいの隙間なら逃げ込むことはできる。犬は、物置の下に手を突っこんできたり、顔を近づけたりして、俺を威嚇するが、どう頑張っても、俺を引っ張り出すことはできない。

ワンワン吠えて、物置の前を行き来したり、陣取って座り込んだりして、俺を諦める様子はいっこうにない。俺は怖くて、奥の方へ奥の方へと、少しずつ後ずさりして行くことしかできなかった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『おもしろうてやがて悲しき』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。