十年ほど前に離婚した元妻の弓恵との間には、ときどきトラブルがあるらしかった。諭と子ども二人は定期的に会って良好な関係が続いていると布由子は思っていたが、数年前から諭が交際している沙織という女性との結婚話が持ち上がってからは、養育費などの金銭的なことが争点となっているようだ。弓恵と同居する子どもたちが母親側につくのは無理もない。

諭は離婚する少し前に、それまで住んでいた分譲マンションを売却して、弓恵の実家に近い千葉県市川市内に宅地を購入し家を建てた。建築の前から家庭内の不和については諭の両親も知るところで、一軒家を構えて落ち着いてくれることを願っていた。

だが結局、多額のローンを組んで新居が完成した後まもなく離婚が決まり、諭はほとんど住むことなくその家を元妻と二人の子どもに明け渡した。その後十年間、家のローンを推定月二十万と固定資産税を払い続け、養育費も月々二十万ほど払っている。

自分自身は中野の単身者用の賃貸マンションに住んでいるので、そこでも最低限の生活費は生じている。再婚のためには支出を整理したいところだが、弓恵と大学生の息子が納得していないようだ。

「沙織さんとは本当に結婚するつもりなの?」

「うん。こんなことにならなければ、夏にでも実家に連れていくつもりだった。今回の入院に関わるモロモロも彼女が全てやってくれたんだ」

「そう。男やもめが入院なんて困ったなと思ったけど、お陰様だったね」

離婚の原因については、主に仕事と家庭の比重に関する夫婦の考え方の相違、と布由子は解釈しているが、そこに女性問題が含まれていたのかどうかは不明だ。離婚前後に直接諭に尋ねたときは「誰もいないよ」と言っていた。沙織は親会社の経理担当の女性で諭より十歳年下の三十八歳であり、三年ほど前からのつきあいだという。

昨年の正月に実家から帰京する弟を布由子の車でバスターミナルへ送る途中、車内で初めて彼女の話をしてくれたときは、「彼女は結婚は望んでいないと言っている」と諭は言った。「本当かなあ」と布由子は首を傾げ、内心では「その言葉どおりではないでしょう」と弟の鈍感さに呆れた。

布由子は沙織にはまだ会っていないが、諭の再婚は彼の今後の人生のためには喜ばしいことだと率直に思う。ただし子どもたちとの関係は必然的に難しくなるだろう。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。