【前回の記事を読む】中学教師が民間企業に派遣!? 大手商事から学んだ経営術とは

中部地区の単位制高校

学校社会というところは、あるところまで来ると、責任追及の手を止めてしまう“ある種の作用”〈注1〉が働く。民間企業のように目標達成のためには、その障害となっている原因を徹底究明する厳しい姿勢が求められる。

次に、コスト意識である。学校現場ではコスト意識が大変希薄である。公立学校は尊い税金で賄われているという認識を常にもつべきである。企画調整会議をはじめ、職員会議等で折に触れ、学校における様々な教育活動の諸経費について報告し、教職員にコストを認識させる。

また学校予算も常に費用対効果を念頭に置き、予算の立案・配分・執行を行わねばならない。また教育活動の企画・立案においても、それを実施するだけの教育的な必要性、意義のあるなし、そしてその効果の程はどうなのかといったことなどを考えねばならない。

すなわち民間のリスク&リターンの発想である。学校現場はこの観点での厳密な精査が欠落している。「生徒のため」「教育上」といった曖昧な名分で物事が処理されてきた。その改善策として、予算調整会議にコスト意識を明確に導入し、予算の立案・配分等を行わせる。

最後は、経営トップに新企画を提言する組織についてである。私が派遣された商事会社では、社長直属の「事業開発本部」というセクションがあって、様々な新規事業を立ち上げていた。これを参考に、学校現場でも校長直属の「活性化委員会」(仮称)のようなプロジェクトチームを立ち上げ、常に新しいものを探求する機関を組織として構築する必要がある。

これからの時代は、企業のみならず学校現場も生き残りをかけて、常に新しい教育活動を展開していかなければならない。そのためには経営トップの校長に新企画を提言する組織が必要と考える。

〈注1〉「ある種の作用」

学校は教育活動を行うところであり、そこで繰り広げられる教育というものは、人を相手にする営みでもある。よって、結果よりも、そこに至るまでのプロセスをとりわけ重視する傾向がある。このことが「人」よりも「数字」、「結果」を重視する民間とは大きく異なる点である。ある意味、そのことが学校社会にとって、“改革の足枷”ともなっていることは皮肉なものである。