ようやく見つけたクリニックで今までの書類を見せて、たった一週間で診断書を作成してくれた。予算も一万円程度で作成してくれた。

もしも最初からこのクリニックを選んでいたならもっと早く手術を受けることができたかもしれない。

何も知らないということは愚かであるということを身をもって学んだ。

その後、すぐに僕は裁判所や市役所で戸籍変更の手続きを済ませた。

ほとんどの手続きを済ませた頃にはもう春が訪れ始めていた。ようやく僕の性別は男性に変更となったのだ。

新しい性と希望

四月、新しい就職先の病院で男性としての勤務が始まった。そこは僕のことを誰も知らない世界だった。

しかし、その春の日のスタートはちょっとだけ疲れていた頃だった。新しい環境は体力を使う。

就職に対する憂鬱さが先だって、新しい性に対する喜びを噛みしめる余裕はなかった。現実って案外こんなものなのかもしれないと感じた。

それでも新しい男性用のスーツに袖を通してネクタイをすることは嬉しかった。鏡の前に映る僕は今まで見たことのない新しいハルに見えた。

春の散りかけた桜を見ながら僕は新しい職場へ踏み出した。

昔は男性として生きることに憧れていた。ウキウキさえしていた。しかしそれは理想でしかなかったのだ。

僕の顔立ちは女性らしさが残っていた。さらに、骨格の小ささもどうすることもできな。職場では精一杯、男らしくしようとしても内心はびびっていた。新しい環境、新しい性、新しい生活に。僕は異性、同性問わずほとんどの人と距離を置いた。

子どもの頃に想像した未来の僕はもっと男らしかったはずだ。この姿の結果は正直、誤算だった。

春のスタートは仕事で悩むことも多かったが、それだけではなかった。好きな人ができたのだ。

その人は同じ部署で働く五歳年下の看護師だった。

僕が彼女を好きになったきっかけはとても曖昧だった。何気なく通る廊下で彼女を見た時、彼女は雑用をやっていた。毎日毎日、その姿を僕は見ていた。それが意識的に探すようになっていた。

しかし当時の彼女は他の男性に恋をしていた。日に日にきれいになっていく彼女に僕はますます惹かれていった。もちろん彼女が誰かに恋をしていたことはその当時は知らなかった。

初めてアプローチしたのは彼女を好きになって数カ月後の夏だった。仕事終わりに帰るタイミングを狙って彼女に話しかけた。彼女は当時の僕を男性と思って話してくれた。それがたまらなく嬉しかった。

僕は必死だった。男として彼女とデートをしてみたかった。僕はドキドキしながら彼女へ聞いてみた。

「良かったら二人で遊ばない?」

「はい」

すぐに彼女は承諾してくれた。舞い上がりそうなくらい嬉しかった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『レインボー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。