真夏の夜のできごと

夏の不思議な思い出。学生の頃、バイトで伏見稲荷神社の祭りを手伝ったことがあった。今でこそ世界的にもすっかり人気スポットになった伏見稲荷神社だが、当時はそんなでもなく、正月だけは商売繁盛を願う人々でにぎわう神社だった。背後の稲荷山は、無数の(ほこら)に埋め尽くされたおどろおどろしい信仰の山であり、近所の人たちの散歩コースでもあった。

たしか七月、全国から集まったお年寄りたちが、稲荷山に無数にある石灯篭に火を入れて歩く祭りがあって、いくつかに分かれたお年寄りたちのグループの先頭を、のぼりを立てて歩いて道案内をするという仕事内容だった。ペースがとても遅いので待ちきれずどんどん歩いていくうちに、気がつくとひとりになっていて、来たことのない所にいた。

右は竹やぶ、左は崖の真っ暗なところであった。道案内が案内すべき人々を置き去りにして、なおかつ道に迷うというとんでもない状況に陥ったわけだ。「はて、稲荷山にこんな所があったか?」と思っていると

「どうしゃはったんです」という声がした。振り向くと、白っぽい浴衣を着た女性がそこに立ってにこにこ笑っていた。道がわからないことを言うと

「あそこに灯りが見えるでしょ」と言う。手で示されたほうを見ると、その先がぼうっと明るい。

「あっちのほうへ歩いていくと帰れますよ」

確かにたくさんの灯りと人影らしきものが動いているのが見える。

「ありがとうございます」と言って振り向くと、そこには誰もいなかった。

その時は「あれ? 消えたな」ぐらいのもので、無事に参道に戻ることができたのだが、道々あれは誰で、どこから現れてどこへ消えたのか、そもそも真っ暗な中でどうして白っぽい浴衣とやさしげな笑顔がくっきりと見えたのか……考えれば考えるほど怖くなってきて、だんだん早足になった。

家に帰った時には汗びっしょりだった。それと、あのお年寄りたちがその後どうなったのかということも、ちょっと気になる。