あなたのうしろの世界

うしろの世界について考えたことがあるだろうか。うしろの世界とは、前を向いているあなたのうしろに広がっているはずの世界のことだ。今で言うなら、あなたの前にはこの本があり、コーヒーカップがあり、その左右には見える範囲で机や何かが見えているだろう。よく晴れた気持ちの良い風景が広がっているのかもしれない。

でも、あなたのうしろはどうだろう。何があるんだろう。見たことのない何かがいるかもしれない。この世のものか、あの世のものか。いやいや、あなたのすぐうしろは、広く深い漆黒の闇であるかもしれないし、断崖絶壁の崖っぷちに立っているかもしれない。

「そんなはずないって!」というあなた。あなたにそれを確かめることはできない。だって、振り向いた瞬間、そこは前になり、うしろはすっと音もなくあなたの視界の外へ回り込むから。「鏡を使えば見えるじゃん!」いえいえ、鏡の世界は、左右逆の世界。しかも平面に映っているだけの世界。真実を映しているかどうかはわからない。「手で探れば壁があるもん!」はて、本当に、それは壁だろうか。さっき見た時は壁に見えたが、今はまるで違うものに変わっているかもしれない。

そう考えると、見えていない世界の存在を証明することは極めて難しいと言わざるをえない。例えばテレビドラマの一シーン。明るく笑う恋人たちの前には、爽やかな高原の朝だったり、ロマンチックな港の夜景が広がっているものとあなたの脳は信じて疑わないが、実はそこにあるのは何台かのカメラやら照明やらレフ版やらマイクであって、汗をブルブルかいた多くのスタッフがいる。監督さんが難しい顔をして座っている。

ホラー映画で、振り向いた美女がこちらを凝視して悲鳴をあげる。彼女の前にどんな恐ろしい怪物が現れたかと思うが、怪物の位置にいるのはカメラを構えたカメラマンである。

うしろの世界……それは永遠に確認できない世界。そのことを思うとき、『かごめかごめ』の歌が、ものすごい暗黒と恐怖をともなって、あなたのうしろから聞こえてくる。「うしろの正面だ・あ・れ」

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『京都夢幻奇譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。