やったぞ。榎本さんちの飼い猫になった

あれは黄昏時だった。気がついた時、俺は横浜の榎本さんちの庭にいた。ロクに食べてなかったから、いつも腹ペコで食べ物のことばかり考えてうろついていたんだ。

季節は真夏で、窓が網戸になっていた。そこから何と魚の刺身独特の美味な匂いがして来たんだ。すぐさま網戸に飛びつき、爪を網目に引っかけ必死にしがみついて中をのぞいた。するとそこはダイニングで、当時はまだ30代くらいだった榎本さん夫婦が夕食中で、魚の刺身を食べていたんだ。

「俺にもくれよー」とニャンニャン大声で鳴き続けたら、榎本さんの奥さんは俺に気がついて、「あら、子猫が網戸にしがみついている。可哀そうにお腹がすいているのかしら」と言って網戸を開けて、マグロの刺身の一切れを庭の芝生に放り投げてくれたんだ。

 

動物性蛋白質いっぱいのご馳走だ。ゴミ収集所を漁ってもこれほどの逸品にはまずありつけないよ。その日は何回も網戸にしがみついて、タイやヒラメの刺身も堪能させていただいたよ。「ありがとう、榎本さんの奥さん。また明日も来るからよろしく」と丁重にお礼を言って、嬉しくてスキップしながら引き上げた。

俺が見つけた命綱。絶対、離してなるものかと、翌日から欠かさず日参したよ。榎本さんの奥さんは「あら、また来てる」と言いながら、いつも何か食べ物を探して俺にくれていたんだ。そんなことが2週間ほど続いた時だ。「きっとノラ猫だよね。うちで飼ってあげようか」って夫婦で話していて、俺を飼ってくれることになった次第だ。

やった! 猫は根気があるんだ。何度でも、いつまででも待てるんだ。鼠を捕まえようとして3時間でも4時間でも待ち伏せできるんだよ。俺の根気強さの成果だ。俺は榎本さんちの飼い猫になったんだ。

もう、飯の心配はいらない。ひもじい思いとはおさらばだ。フカフカの布団で寝られる。おやつももらえるぞ。榎本さん夫婦には子供がいないみたいだから、子供のように大事にしてくれるのかな。嬉しいな。万歳!

俺は榎本さんちで17歳近くまで生きた。振り返れば長い生涯だった。榎本さんちの猫の飼い方は自然体でこだわりがない。俺とは付かず離れずで、ほどほどの距離が保たれていたので、そこでの生活は心地よかった。そのお陰で俺は自適の毅然とした生き方を貫くことができたんだ。俺は媚びたりデレデレしたりするのが性に合わない。

「高貴な生まれ=毅然としている」という観念が俺の自我に深く刻みこまれて、毅然とした気性が育ったのかもしれない。俺の生涯は波乱万丈とまでは言えないが、悲喜こもごもそれなりに経験したし、思索にもふけったよ。その中でもとくに思い入れの深い出来事をこれからお話していきたいと思う。「おもしろうてやがて悲しき」という境地を感じ取っていただけたら望外の幸せと思うのであります。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『おもしろうてやがて悲しき』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。