【前回の記事を読む】【小説】長文のやり取り…仲が深まる二人のメール

第一章 突然の別れ

博史との出会い

ライターの仕事で何よりしんどかったのは、男性たちのプライドを傷つけずに仕事をもらうことだった。フリーランスという立場では、誰の原稿が採用されるかで競争になることがある。

あるとき、私の原稿が校正の段階まで通っていたのに、実際の紙面には男性の原稿が載っていたことがあった。校正担当者に「どうして差し替えられたんですか?」と尋ねたところ、「編集長から、差し替えるようにという電話があったんです。こっちは校正も終わっていたし、困ったんですけど、どうしてもということだったので」と打ち明けてくれた。

編集長に問い質してみると、返事はこうだった。

「君は独り者やないか。彼は家庭持ちで、ここんとこ原稿が採用してもらえへんで困ってる、言うて泣きついてきよったんや。しゃあないやろ。まあ、君も、はよ結婚したらええやろ」

今ならセクハラ兼パワハラだが、三十年前の当時は黙って耐えるしかなかった。いや、黙って耐えるどころか、「そうおっしゃいましても、もらってくださる方がいらっしゃらなくて。独り者も辛いんで、次はよろしくお願いしまーす」と、いつもより明るい声を作って言うしかなかった。嫌われてしまったら、金輪際掲載してもらえないからである。

誤字一つ、若い女性に指摘されると嫌な顔をする男性社員もいた。言い方一つに「男はんをたてる」気配りを求められた。

そんな職場を体験していたせいで、真っ赤っかになったこの論文を送り返すのは、ためらった。

が、結局、送った。

その翌日、いつもは夜にしか来ないメールが、珍しく昼間に届いた。

「送り返していただいた拙稿を見て、感激しています。こんなに丁寧に読んでくれたなんて。まだ全部読み直していませんが、確かにあなたの言う通りにすれば、読みやすくなりますね。取り急ぎ、御礼まで。また夜にメールします」

器の大きい人だな、と思った。Nissieさんの存在を意識した最初だった。

彼が独身であることは、その夜のうちにわかった。

「朱字の部分、半分まで検証したけれど、まだ終わっていません。まあ、独り者の特権で時間は自由に使えるので、今夜、ゆっくり吟味します」

私も「ご質問があれば、いつでもどうぞ。私も独り者なので、何時に電話されても大丈夫です」と返事した。

そうやって、私たちのやりとりが始まった。