再び伝令が走り、紺から碧へ色を変える空に二度目の法螺貝が響いた。重治と長逸が率いる摂津衆は、同じく山側に陣取る敵右翼の湯川直光隊と土橋種興率いる雑賀衆に攻めかかった。

空気が雨に濡れているため、雑賀衆の鉄砲は思うように火を噴けず、雑賀衆は白兵戦に苦戦しているように見える。

日が昇る頃には一旦雨は止み、教興寺(なわて)全体が見渡せるようになると、中軍二陣の安宅冬康率いる淡路衆が、法螺貝の音とともに出撃を開始した。

畠山勢の中軍二陣は筒井勢が中心の大和一揆であったが、烏合の衆であるためか統率のない動きをしていた。いずれにしても、ここまでは畠山勢から(いくさ)を仕掛けてくることはなく、味方同士がお互いを牽制しているようで、動きに精彩を欠いていた。

「どうやら遊佐の寝返りを警戒して、存分には戦えないのであろうよ」

敵は儂が仕掛けた稚拙な策に、まんまと引っ掛かっているようで、儂はほくそ笑んだ。

午前中は再び雨となり足場がぬかるんだが、鶴翼の右翼に陣取る讃岐衆には、早暁から前衛中軍として戦い続けて疲れているであろう安見隊の側面を突かせた。

昼前から風雨が強まり、再び視界が悪くなったが、十河一存のいない讃岐衆が押されているのが見て取れたので、中軍三陣の篠原長房率いる阿波衆を援軍に向かわせた。そして昼過ぎに風雨は止んだが、辺りには(もや)がかかり視界が利かなくなった。だが既に儂は、襲うべき獲物を定めていた。

「儂らが狙うは紀州根来ぞぉ。だが案ずることはない。いつもは恐ろしき鉄砲も、この驟雨(しゅうう)では役には立たぬ。今日は敵の首は要らぬ。その代わりに奴らの鉄砲を奪い獲れぇ」

馬上で儂は皆に向けて吼えた。

「応っ。応っ。応おう!」

(もや)の中、鯨波がこだました。

濃い靄と湿気を帯びた空気に包まれて鉄砲の使えない根来衆を叩き潰すには、儂らはほとんど時間を必要としなかった。そして根来衆が壊滅した頃には、畠山勢の各隊も崩れ始め、湯浅直光が討ち死したのをきっかけに逃げ腰となり、畠山勢は混乱に陥った。

本陣の義長様はこの機を逃すことなく総攻撃を告げる法螺貝と陣太鼓を(めい)じ、ようやく晴れた空に響きわたった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『 松永久秀~天下兵乱記~』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。