帰国してから『バビロンの流れのほとりにて』を読み返した時、森有正がシャルトルの印象を、「時を経て立ちもどって来た時に感じたような、それはそういう感じとしてしか表わすことのできない何かだ」と書かれていて驚かされた。それは確かに、感覚の質の問題と過去が徐々に自分の中で逆流し始めていることに関係しているように思えた。

それにしても、この大聖堂の青の空間はなんて崇高なのだろう。完成するまで気の遠くなるような時間と、数えることなどできないほどの幾多の人たちの労働と祈りの深さが存在したのだろうか。

偉大な文明の結晶。旅は人を謙虚にする。改めて、人間に宿る信仰の強さと存在感のある切実な美しさに驚かされた。

確かにパリは人を引き付ける。私たちはシャルトル大聖堂の近くのレストランで昼食を取ったのだが、あれから数年が過ぎたのに、あの周辺に昔住んでいたような思いが消えていかないのはなぜなのだろう。できるものなら、パリで私も暮らしてみたいと思った。

亡くなられる最後の頃の日記には、〈透明〉の本質が綴られている。私などには計り知れない思想経験ではあるが、その後の文章、「目眩く光は、それだけに尚一層濃い闇と対照をなしている……」に出会った時、私は自分の拙い人生を振り返り、ひとしきり涙を流した。

部屋には誰もいないのだ。こんな時ぐらい、自分の過ごしてきた人生を褒めてあげてもいいのだろうと思った。森有正の死を無念に思ったが、身近にいらした二宮正之氏が書いておられるように、十三歳の時自らが自覚されておられたように、東京西郊外のM家の墓地に帰られた。

その旅は、どんなに険しく厳しい旅だったことだろう。生涯自分を探し続けた人に哀悼のような思いが広がっていった。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『永遠の今』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。