【前回の記事を読む】【小説】絵画教室の先生に明かされた「マドンナの絵」の真相

マドンナの娘

御影がコホンと空咳をして蔦に尋ねた。

「ねえねえ先生、憧れのマドンナの娘と会ってどんな気持ち?」

「そりゃあびっくりしたけど、ただ懐かしいな。できればもう一度十和子さんに会いたいと、ずっと思っていたんだ」

「秋に教室の絵画展やるとき、美琴ちゃんのお母さんを招待したらどうかなあ。蔦先生のことはサプライズにしといてさ。美琴ちゃんはどう? 嫌な気持ちとかある?」

「いえ、私は全然。むしろ母はどう感じるかなあと」

長い結婚生活には多少の波風もあり、日頃穏やかな両親の夫婦喧嘩を美琴は何回か目にした。「浮気をしない」と見込まれた父も聖人君子ではなく、一度だけ女性の影を感じさせた事件もあった。節約家で滅多に外食をしない父のことを母は陰で「ドケチ」と愚痴っていた。今も色気を失わないこの画家に再会したら、母は自分の過去の選択に何を思うのだろうか。

「やっぱり会わせちゃダメ、この先生すぐ本気になるから。三回目の離婚は絶対回避しないと」

御影は突然怒ったように言った。[告白ごっこ]が終わると不思議に酔いが覚めて、宴はお開きになった。

「疲れたけど、楽しかったね。そう言えば、美琴ちゃんの誕生日祝いだった」

「ごちそうさまでした」

「え、割り勘だよね? あ、先生の奢り?」

蔦がカードで会計を済ませ、美琴が出そうとした五千円札を固辞した。店を出ると仙道が耳元で囁いた。

「島田さん、二次会行きませんか? 二人で」

頬を紅潮させた仙道の横顔を見上げた美琴は、彼の物語をもう少し聞いてみたいと思ったので、こくんと頷いた。御影はと見ると、彼女はウィンクして蔦の腕に自分の腕を回し、手を振って二人で別の方向へ歩いて行った。