第二章 奔走

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拝啓 寒さもようやくゆるみ、木々が芽吹いてきた今日この頃ですが、いかがお過ごしですか。

イギリスと日本は遠く離れていますが、同じ北半球なので、季節に差異はありません。寒い冬を抜け、だいぶ過ごしやすくなりました。

ところで、貴君は今も登山をしていますか。職業柄、時間をつくるのはなかなか難しいでしょうか。私の方は、今も登山を続けています。

イギリス人のあいだでは、余暇をしっかり楽しむという意識が徹底されているため、日本よりも休暇を取りやすい労働環境にあるといえるかもしれません。最近はイギリスの山々では飽き足らず、ヨーロッパ全土へ遠征するようになりました。その際は、登山だけでなく都市部の観光も楽しむようにしているのですが、各国の環境問題に対する取り組みが非常に興味深く、貴君の仕事の参考になればと思い、筆を執った次第です。

はじめに、ドイツについて触れます。ドイツでは、一九九六年に「循環型経済および廃棄物法」が施行され、エコロジーと環境保全に対する意識が高まり、先進国の手本になっています。そのため、街も自然もきれいに保たれており、ゴミを見かけることはほとんどありません。

また、美観を重視しているため、街中に大きなネオンや電柱がないのも特徴といえるでしょう。ゴミ処理の方法も日本とは異なります。バイエルン州のフッセンという街を訪れた際にゴミ収集場を見学したのですが、毎日のように市民がゴミを持ち込み、自ら分別して処分しています。このような処理場はフッセンだけでも十二カ所、ドイツ全体では三〇〇カ所を超えるそうです。

リサイクルも浸透しており、処理場に持ち込まれたゴミのリサイクル率は、なんと七十五パーセント。再利用できるものは業者が回収し、有効に活用しています。リサイクルができる品物には、デュアルシステムのリサイクルマークがついているため、市民も分別がしやすいようです。

次に、フランスについて。首都のパリで印象的だったのは、やはりペットの糞です。パリの中心部は歴史的な建造物が多く、またシャンゼリゼ通りも有名ですが、私の仲間は、並木の横にあるベンチに座ろうとしたところ、誤って糞を踏みつけていました。

これらの糞は、放水車によって一日に何度か側溝へ洗い流されるのですが、清潔な状態を保ち続けるのは難しいようです。ほかに気になったのは、街中におけるゴミおよびゴミ箱の少なさです。おそらく、ほとんどゴミは家庭で処分されているのでしょう。分別方法は可燃物もしくは不燃物と、非常にシンプルでした。

続いて、オランダについて書きます。オランダは河川が多く、植物も豊かで、自然の宝庫です。この国では温暖化を防ぐための取り組みに、石油や石炭などの化石燃料や電力使用に税金をかける「地球温暖化防止税」を導入しています。オランダ政府は、その税収をもとに自然エネルギーの補助制度をスタートし、風力および太陽光発電などをサポートしています。

人々も温暖化防止の意識が高く、自転車の利用に力を入れており、三〇パーセント近い人が通勤に自転車を利用しているというデータが出ています。公共交通機関への持ち込みも許可されているので、どんどん利用者が増えているのでしょう。ここまで自転車を優先している国は、少ないでしょうね。

オランダにおけるエネルギーの消費割合は、約五〇パーセントが天然ガスです。原子力発電は二基ありますが、稼働中なのは一基のみ。何度も閉鎖が検討されていますが、現在は稼働が延長されている状態です。

しかし、原発大国の日本にしてみれば、一基のみの稼働というのは羨ましい話です。以上、三ヵ国における環境の現状についてつらつらと書き連ねてみました。同じ大陸でも、国ごとに施策の異なるのがヨーロッパの面白いところです。何か環境問題について書く際に、参考にしていただければうれしく存じます。

じつは先日、実家への帰省もかねて、富士登山に挑戦しました。私が気になったのは、至るところで目にする空き缶や煙草の吸い殻です。ゴミの量は非常に多く、確実に景観を損ねていました。ヨーロッパの山々でゴミを目にすることは、ほとんどありません。それだけに、胸が痛みました。ユニオン通信のエース記者である貴君におかれましては、ぜひともこの問題を取り上げていただきたく存じます。

それでは、末筆ながらますますのご活躍をお祈り申し上げます。またいつかどこかでお会いしましょう。

敬具

清川康一 拝

宮神甲一 様

宮神は、胸にさわやかな風が吹き抜けるような読後感をしばらく味わった。時間差で、ペットの糞についても報告してくる清川の生真面目さが何だかおかしくなり、笑いがこみ上げてきた。封筒には数葉の写真も同封されていた。

ドイツのゴミ処理場、フランスのシャンゼリゼ通り、オランダの風力発電と、興味をそそられるものばかりだった。自由な人生を送る清川を羨ましいと思うと同時に、自身も富士登山者のゴミ不法投棄について取材してみたいという興味が芽生えた。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。