中上のプラスチックの踏み板は奥に押し込まれ、中から触れられないところに血が付いていた。右下の1台が最も荒らされていた(写真6)。

[写真6]

最も弱い部分だとはいえ、厚さ0.5㎜の鉄板の装着部分が2本とも異なった方向に曲げられていたのだ。金属板全体が持ち上げられ、傾いていて設置当初の位置にない。しかも、血が内側にも外側にもあちこちに付いている。構造的に入口のバネを押し上げて30度ほど傾けた時に初めて外から触れられるところにも血が付いていた(写真7)。

[写真7]囲んでいる部分が、曲げられて変形していたL字金具の一部

この箇所は中から触れることはできない。1台は仕掛けがうまく作動せずに逃げたのだろうが、あとの5台は一旦捕獲されたがすべてバネを押し上げて逃げられたことになる。ドブネズミでは、体だけで仕掛けの3分の2ほどの大きさのでかい個体が窮屈そうに捕まっている(写真8)のを見たばかりなので、逃げられるとは思っていなかった。

[写真8]体重300g のドブネズミ

ドブネズミの場合と古民家のクマネズミの場合では毛が落ちていなかったので、捕まったネズミはおとなしくしていたと思われるのだが、今回の場合毛を多く落としている個体ほど、より脱出に苦労して捕獲具の中で暴れまわっていたことになる。左上の個体と右下の個体は口元を怪我して血を流していた。特に、右下の個体は怪我をした後に相当暴れまわっていたことが、あちこちに付いた血痕から想像できる(写真9)。

[写真9]

そして、口から血を流してまで、中の個体を助けようとしていた個体がこの捕獲具の外にいた事になる。外側に血が付いていた左上、中上の捕獲具は両方とも上の段にある。口元を怪我した個体が登って捕獲具にしがみつき、脱出の手助けをしていたことが分かり、驚くほかない。

見事にすべての個体が揃って脱出した状況をどう解釈すれば良いのであろうか。それぞれの個体が単独で行動しているのならこのようなことは起きない。捕まった個体のうちの1匹が運よく脱出できたとしても、一刻も早くこの危険な場所を離れようとするはずである。口元から血を流してまでその場に居続け、仲間を助けようとしたのだ。

ネズミがこのような行動を行っていることを誰が信じるだろうか。私はとても興奮し、できるだけ多くのことを記録しようと沢山の写真を残した。今もその多くの写真を元に、脱出方法を知るための手掛かりを探している。どのようにして出ることができたのか。そして、外にいる個体はどのように怪我をして出血したのか。外からしか触れられないところに血痕がついていなければ、単に脱走した失敗例としてしか処理されなかったはずである。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『文庫改訂版 捕獲具開発と驚くべきネズミの習性』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。