巨大な三角

和枝の抗がん剤治療がいよいよ始まった。七月二十九日の朝、廉が洗濯物をベランダに干していると、「点滴の針を付けスタンバイOKです」と和枝のメールが来た。十時ちょうどだった。

十一時半「いま開始です。ベテラン看護師さんも来て、副作用はそれほど怖がることはない、と言ってもらえたよ」。

次は十三時過ぎ「一種類目の抗がん剤投与が終わり、水分補給や利尿剤と続いています。お昼ごはんにはスイカも出て、おいしくいただいたよ。今のところあまりの自覚症状の無さにびっくりです」。

そして十六時「二種類目も終わり、後は水分補給やら何やらで二時間くらいこのままらしい。今は、昼寝をしすぎた後みたいな怠さを感じてる。でも元気!」。

このメールにはしばらくして追伸が来た。「ベテラン看護師さんに『体の中で薬ががんと闘っているから、これからの時間、平林さんが何もしていなくても疲れが感じられるかもしれません。そんな風にイメージしてください』と言われ、妙に納得しました」

翌朝早く、遥が「ママからメール」と言って廉の寝室に入ってきた。液晶画面にはひと言「空腹という副反応が出た」。二人で大笑いした。ホッとした。しかし後で看護師に確認すると、アレルギー予防にステロイド系の薬を使っているため「覚醒する」「妙に元気になる」「空腹を感じる」などの症状が現れるそうだ。

確かにゆうべは眠りが浅かったとも言っていた。ただ、今現在は少し便秘気味なのを除けば、ほぼ普段通りの健康状態と和枝自身は感じていた。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『遥かな幻想曲』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。