【前回の記事を読む】妻の入院で始まった父娘の生活。娘がみせた意外な成長とは

入院生活の始まり

その日、高井先生から病状のおさらいを含め治療方針の説明があった。ホワイトボードとパソコンを使い、たっぷり一時間半かかった。

《和枝のケースは、肺扁平上皮がんで、がん性胸膜炎を起こしていることからステージⅣと認定される。治療法として殺細胞性抗がん剤シスプラチンとゲムシタビンを投与し、がん細胞を縮小させる方向をめざす。治療期間は第一クール=七月二十九日シスプラチンとゲムシタビン投与、八月五日ゲムシタビン投与、八月十二~十四日をめどに一時退院、八月二十四日再入院、というのがワンセットで、これを四クール繰り返すので、トータル約四カ月かかる計算となる》

要約するとこういう内容だった。

考えられる副反応については、詳細が記されたプリントを手渡された上で説明があった。まず吐き気や嘔吐。これには制吐剤が有効。それから下痢や便秘、点滴による食欲不振と血管炎、脱毛、肝臓腎臓機能低下、肺炎、骨髄抑制(白血球、赤血球、血小板の低下)、耳鳴り、聴力低下─。気の遠くなりそうな術語の羅列だった。

そして患者が意識すべきこととして、肝腎を守るために経口補水液などの水分を一日二リットルは摂取し、肺炎、風邪に罹らないよう手洗いうがいを徹底するよう言われた。和枝は、長い時間をかけ詳しく説明してくれた先生に、感謝の気持ちを笑顔で表した。そして二つ、大きな質問をした。

「私は末期がんなのでしょうか」

「『ステージⅣ』イコール『末期がん』ではありませんよ。ステージとはあくまで治療方針を確立するための線引きです。末期というのは、がんによって生活の大部分を寝たきりで過ごさなければならなくなった状態のことなのです」

「先生、私はこんなに元気なのに、なぜ敢えて具合の悪くなる治療を受けなくてはならないのですか」

「平林さん、あなたは元気です。そう、元気だからこそこの治療が受けられるのです。あくまでこれは治すための化学治療。体力的に抗がん剤治療も点滴も無理という患者さんもいるんですよ」

治療方針の補足として、最近ニュースにもよく取り上げられている分子標的薬が効くEGFR遺伝子変異が、仮に和枝の体に認められたとしても、その薬は和枝の罹った種類のがんではなく、「肺腺がん」に効果が認められているものであるため、今のところ処方は考えていないとも言われた。この時点では和枝の遺伝子検査の結果は出ていなかったのである。