【前回の記事を読む】「救急現場には、『はまりやすい落とし穴』があるんだよ」

ピット・フォール

救急現場学とは、菅平や岩原のように経験と勘を磨かなければ、修得できないのだろうか。救急車には、レントゲンもCTもないし、血液ガス分析装置もない。限られた情報の中で、目の前の傷病者に何が起こっているのか。舞子は救急救命士の資格を持ってはいるが、まだ、菅平や岩原のような「現場の勘」が身についていない。救急隊員に任命されて四ヶ月が経っていた。

もっともっと、現場の経験を積んで、この現場学を極めていこう。そして、現場の経験が少なくても、一件一件の出場をしっかり検証して、一日でも早く隊長たちに追いつきたい。救急車の車窓に見えるいつも通りの二四六号線の渋滞の車列を眺めながら、舞子は誓った。

救急現場では、想定していなかった状況に遭遇してしまうことが多々あります。そのような時は、傷病者だけでなく、周囲の環境や状況の評価を総合的に判断します。先入観に囚われピットフォール(落とし穴)にはまらないようにすることが大切です。

救急救命士法が施行された一九九一年、救急救命士に認められていた「特定行為」といわれる高度な医療処置は、心肺停止の傷病者に対するものだけでした。心肺停止前の傷病者にも特定行為の範囲が広がったのは二〇一四年のことです。

クラッシュ症候群やショックなどの心停止前傷病者に対する輸液や、血糖測定とブドウ糖投与が認められるようになった背景に、二〇一二年の「救急救命士三行為実証研究」があります。全国一二九の消防本部(約二三〇〇人の救急救命士)が参画し現場でデータを集めたことにより実現した処置拡大です。救急救命士が現場の学問を自分たちの手で確立していく第一歩となりました。