「お昼食べた?」

「まだです」

大地は、待ち合わせの時間から、一緒にランチができないかと、店のリサーチまで済ませていた。すると、れんが、持っていた籐の大きめのかごバッグからランチボックスを取り出してみせた。

「パン焼いたの。よかったら一緒にどうかなって……」

大地は、年上の女性に好意を抱くのは初めてで、頼もしさというか、ウワテだなとちょっとだけ敗北感のような気持ちを抱いた。でももっと一緒にいられるのがうれしかった。

少し歩いて、屋根つきで、テーブルもあるベンチまで、れんのペースに合わせて歩いた。黙って歩いた。れんが、テーブルに二人用くらいのランチョンマットを敷いて、紙のランチボックスを二つ出してくれた。大地が開けると、数種類のパンがはいっていた。

「うまそー」

と大地が言うと、れんが、

「やっとしゃべってくれたー。さっきからあんまりしゃべってくれないから、どんな声かじっくり聞いてみたかったんだよねー。なんか、歌ってるときと感じが違うし。歌ってるときは、なんか高校生には見えないし。かっこいいから人気もあるし、なんか遠くの世界の人みたいだった。ゆきだるまに傘かけてくれた人には見えなかった」

と言って、大地にまた笑いかける。

「歌ってるときの大地くんと、今私の目の前にいる大地くんは、別の人みたい。でも声は同じだね。なんか優しい声っていうか……」

れんは、大地に向かって微笑んだ。大地は、れんの笑顔だけでおなかいっぱいになりそうだった。大地は照れている自分をれんに見透かされたくなくて、ポーカーフェイスを気取った。

「嫌いなものない? フォカッチャとクロワッサンと塩パンのホットドッグ。無理しないでね?」

と大地を下から覗き込むようにして言って、れんは大地におしぼりを差し出した。保温性のあるスープカップを二つ。ミネストローネらしい。ペットボトルの水を二つ。

「コーヒーもあるからね。食べよ?」

いただきまーすと、れんは両手をあわせている。ペーパーナプキンにフォカッチャをのせて、

「はい」

と大地に手渡す。またとびきりの笑顔付きで。大地は、恋に落ちた。落ちずにはいられないくらい、可愛かった。れんは、出会いを楽しんでいる様子だ。大地は恋に落ちた余韻にひたりつつ、すでに今後のことを考え始めていた。どうやって、れんを振り向かせるか……。

ようやく、プロローグとなりそうだ。物語の行方を占うように、近くの教会から鐘の音が聞こえる。うっすらと、讃美歌が周波数にのって、二人を包んだ。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『KANAU―叶う―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。