- 2 自動車の発明と大量生産

1. ベンツのガソリン自動車

イギリスで発明された蒸気機関は、工場で活用される一方、蒸気機関車に活用され、鉄道の発達を促しました。その一方で、技術者はレールを用いないで道路を走る車の開発を目指しました。

蒸気機関車は何と言っても重いのです。大量の水と石炭を積み、まずお湯を沸かさないと発進しません。レールを使わず、道路を走る自動車に使われた熱機関は蒸気機関ではなく、ガソリンエンジンでした。

最初のガソリン自動車はイギリスではなく、ドイツで実用化されました。それはドイツのベンツとダイムラーによって、独立にほぼ同時期に発明されました。

世界で最初のガソリン自動車を発明したのはカール・ベンツです。カール・ベンツの父親は蒸気機関車の運転士でした。ベンツは当初、蒸気機関車の工場で働き、機械の加工方法を学びました。

このときベンツは、レールの要らない自動車を作るという夢を持ちました。まずガソリンエンジンの開発に取り組みました。

しかし、なかなかエンジンが継続して動きません。うまくいかない日々が続いた後、1884年大晦日の夕食後「もう一度やってみましょう」という妻の一言に支えられてエンジンを動かしてみると、初めて連続運転に成功しました。そして、次の段階としてガソリンエンジンのついた自動車の開発に取り組んでいきました。

カール・ベンツのガソリン自動車第1号の仕組みを図表に示します。まず横向きの大きなシリンダの部分がガソリンエンジンです。ガソリンと空気の混合気体を作る気化器は、ガソリンのなかに空気を吹き出して空気にガソリンを含ませる仕組みになっています。

また、シリンダのなかで圧縮された気体を爆発させるのは、電気を用いた点火プラグ(スパークプラグ)を使っています。1号機にしてすでに、現在のガソリンエンジンの仕組みとまったく同じです。

シリンダ内でのガソリンと空気の混合気の爆発によって後方へピストンを押し、垂直軸のクランクシャフトを回転させます。この回転が安定するように下には大きな円板(フライホイール)がついています。

クランクシャフトの回転は、カサ歯車によって横向きの回転に変わり、水平ドラムを回転させます。回転するドラムと前方の座席の下の軸をベルトでつないであります。

この座席の下の軸にはいわゆるディファレンシャルギヤ(差動歯車)がついていて、カーブするときの左右の車輪の回転差を許容することができるようになっています。この前方の軸から後方の左右の車輪にチェーンで回転を伝え、車体を駆動させています。

[図表]ベンツのガソリン自動車の仕組み

座席の横に長い操作バーがついていますが、これで前進・ニュートラル・ブレーキを切り替えます。この操作バーを動かすと、座席の下で操作バーの動きによってベルトを横にシフトさせることができるようになっていて、前方に倒すとディファレンシャルギヤにベルトがかかって駆動し、真んなかの位置にすると空回りするドラムにベルトがずれるので、回転が伝わらなくなります。

つまり、この操作バーが、回転をつないだり切ったりするクラッチに相当します。また操作バーを後方に倒すと、ブレーキがかかるようになっています。

前輪の向きを変えるハンドルは、現在のような丸いハンドルではなく、ハンドルレバーを回すと、ラック・ピニオン機構によって、前輪の向きを変える棒を前後に動かすようになっています。このベンツの自動車はエンジンのついた三輪車となっています。

ベンツは最初にガソリン自動車を展示会に出品しましたが、展示会場にただ置いてある車はまったく注目されませんでした。そこでベンツは1888年、ミュンヘンで展覧会が開催されたときに、警察官に黙認してもらう内諾を得て、ガソリン自動車を市内で走らせました。最初の市民の反応は、「馬がついていないのに動く車」への恐怖と驚きだったようです。

このようにベンツはガソリン自動車を築き上げ、フランスから大量の注文を受けるようになります。1890年代には数千台の車がフランスに輸出されています。

1899年には、ベンツ商会ライン自動車・エンジン製作所(株式会社)が設立され、数年後には社員が1万人に達しています。しかし、車の生産は注文生産で、まだ一般の人に大量に普及するような生産ではありませんでした。

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『人と技術の社会責任』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。