健一が作業工程を説明するには、どうしてもトイレの仕組みを話さなければならない。汲み取り式のトイレには、いろいろな種類がある。たとえば、直下式トイレ(俗に言うボットン便所)だ。これは便器の真下に便槽を設ける構造で、簡易かつ古くから存在する構造である。仮設トイレもこの部類である。深い物も浅い物もあり、浅い方は便器が地面よりも一段高く、地面と同じ平面に便槽があり、そのまま取り出して肥料にできた。

糞尿の塊の部分は、嫌気性(けんきせい)(きん)によって腐敗して液状になり、病原菌、寄生虫卵なども、嫌気性菌によって死んでしまう。しかし、この直下式トイレ方式では、次々と新しい糞尿が追加されるので菌が死なずに残っている。この嫌気性菌が作用していない新しい糞尿までもが、一緒に汲み取られて肥料として畑などにまかれると、感染症の原因となる危険性があった。

ただ、今は汲み取った糞尿をそのまま肥料に使うことはないのでこの心配はない。嫌気性菌というのは感染症を考えるにあたってとても大切なものになる。その理由は、私たち人間の常在細菌巣の九九・九%を占めるのが嫌気性菌だからだ。

常在細菌巣とは皮膚、腸管、口腔内などに常時存在する細菌だ。これらの細菌は通常私たちにとっては、実はとても有益なもので、なくてはならないものもある。たとえば、皮膚、腸内では有害な細菌の侵入を防御してくれるし、腸内では栄養素を分解したり、上皮の再生を助けてくれたりもする。

白鳥家のトイレも同じ直下式だが、ボットン便所は糞尿が溜まって、その量が多くなると、排便をして便が糞尿に落下したときに、跳ね返りがきて(俗に、おつりが来ると言われる)、尻や下着を汚してしまう。そこで便器の真下を斜めにスロープ状にして、便が便槽に溜まった糞尿に直接落下せずに、いったんスロープに落ちたものが、便槽に滑り落ちる仕組みになっていた。

そのスロープに落ちた大便も、時として滑り落ちずに途中で引っかかって、そのまま張り付いてしまうと、どんどん堆積して便座近くまで盛り上がってきてしまう。健一は、そうならないように、この方式のトイレの家に汲み取りに行くときは、必ずその家の人に声をかけて、家の中の便器から水を流してもらって、スロープ部分に溜まった便を取り除くようにしていた。

健一はこのように、まるで警察官に汲み取りの講習会でもするように、丁寧に説明しながら聴取を受けていった。そのためもあって、聴取が終わるまでに一時間近くもかかってしまった。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『ニコニコ汲み取り屋』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。