「なるほど、検査結果からは特別悪いところは見つからなかったので、半年後にまた検査しましょう。通院は一か月ごとにしましょう。今回は睡眠や怒りなど、感情のコントロールができて、気分が落ち着きやすい薬を出してみます。様子を見ましょう」

薬の選択を考えていた医師はパソコンを凝視した。今までの会話をまた恐ろしく速いブラインドタッチで打ち上げた。

「薬で悪夢や感情の乱れを改善することはできるのですか」

タケルは薬を服用することで弊害がないのか気になったので尋ねた。

「すぐに効果が現れるかどうかということは、個人差があるので実際に経過を見てみる必要があります。途中で違和感や不快感があればすぐに来てください」

とってつけたような笑顔で言った。

「分かりました、何かあればすぐに診察してもらえますね」

「今までの自分の性格とは違うというような感じを持つことや、意味のない不安や怒りなどは若い頃は誰にでもあることです。古谷さんは事故で手術をされていますから。事故の加害者の方から完治まで補償されていますので、その点は気になさらないで結構です。今回も無料です」

「母から話として聞いていますが、事故の後会ったことも、名前なども覚えていないのです」

母から名前だけは聞いていたが、全額相手が負担など保険会社が入ればありえない。思い切って聞いてみた。母はあまり話したくないようで教えてくれないからだ。

「鴻池武史さんといい、この病院の関係者です」

その医師は非常に落ち着いた雰囲気で最後までタケルに接してくれた。これで少しでも、毎日が楽になればいいのにと思いながら院外の薬局で薬をもらうためにぼんやりと座っていた。電源を切っておいたスマホに気が付き、電源を入れた。着信が二件、母と松永さんだった。

事故の加害者は、母に当時聞いたときは、同じ年頃の医学生のインターンとだけ聞いていた。こんな大病院の関係者だったのか。どうりで。信号のない横断歩道でスピードもあまり出していなかった。相手が百パーセント悪いわけではないが、母親にすれば息子が生死をさまよう状態に憤りはあっただろうと思う。

だがタケルが急に飛び出したことにも非はあるわけで、相手からの謝罪もあり誠意があったので示談に応じたということであった。一度か二度見舞いに来たと母から聞いたがタケルは相手の顔も名前も障害のためか、覚えていなかった。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『双頭の鷲は啼いたか』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。