誘導に従い佳津彦に続いて明日美もゆっくり入り口の奥へと足を踏み入れると、なにやら佳津彦の背負っている器材の発する音が反響してくる。

しかし、二人に見えるのは、身の回りの狭い範囲だけである。二人がいる場所は高所のようで、下方に向かう広い空間を感じる。佳津彦がヘッドランプを点灯してみるけれど、照明が弱く全体像が掴めないのだ。ここで満を持して登場するのが背中に背負って来た照明機材である。背負子をおろし三脚を広げライトを取りつけながら佳津彦は言う。

「ちょっと待ってなさい、このために、家からはるばる担いできたんだ、家の中はぐちゃぐちゃで、これを引っ張り出すのに大変だったんだ」

なぜか自慢げだ。家族の無事は彼女から聞いてはいたがあの揺れだ、やはり心配になり。

「お母さんは、大丈夫だったの?」

明日美がそう聞くと妙な微笑みを浮かべ、

「ああ、大丈夫だ、だが家は傾いて茶の間部分は潰れてしまった。古い家だからなぁ、あそこにいなくて良かったな、いたら大変なことになってたぞ」

家が壊れた災難に落胆もせずに、何かしら嬉しそうな父を見て不思議に思う、やはり何か変だ。同時に知らないうちに彼女に救われていたことにも気づいたのだ。彼女の誘導がなければ今頃は家の倒壊に巻き込まれて、どうなっていたことだろうか、背筋に悪寒が走った。そして不満気に明日美が言う。

「お父さんは何か知ってたんじゃないの、だいたいそんな照明機材、いつの間にどこで手に入れて、どこに隠してたのよ。お母さんは知っているの?」

明日美の苦言も耳に入らないとみえ、たんたんと機材を組み立て終わりバッテリーを繋ぐと、満足そうに佳津彦がスイッチを入れた。

ところが予想外に強い反射光に、暗闇に慣れた目には光がきつすぎ、その眩しさ故に二人とも顔の前に手をかざしてしまったのだ。だが次第に指のすき間から奥の様子が見え出してくる。その手を下ろすと照明の光に映し出されていたものは夢か幻か、我が目を疑う圧巻の光景であった。どれだけ賛美の形容詞を並べ立てたとしても言い表せない美しさなのである。

二人はあっけにとられ、絶句してしまい、しばしの間ただ呆然とそれに見入っていたのだった。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『魏志倭人外伝』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。