この試合に向けて、幾つか用意してきたことはあった。アタックでもディフェンスでも、やってみたい事はあったのだ。でも、稲村ケ崎高のフォワードは、スクラムでも接点でも律儀なほどに圧力をかけてきた。その度に、じわりじわりと押され続け、その分フォワードの展開は鈍った。密集では自由にボールを動かすことができず、その分相手のディフェンスは十全に機能する。大磯東高はアタックでもディフェンスでも、完全にテンポを狂わされた。

一挙の大量得点を奪われたわけではないけれど、終わってみればチャンスらしいチャンスもなかったし、スカイブルーの稲村ケ崎のユニフォームが躍動するばかりのゲームではあったのだ。

それでも大磯東のフィフティーンは、声を出すことを止めず、足を動かし続けた。話の中で、基はその点を強調して部員たちを励ましている。

もう一度改めて垣内先生にお礼を言おうと向き直ったら、その背後に親しい微笑み。

「バルちゃん。見に来てくれたんだ!」

「垣内先生、お久しぶりです」

振り返った垣内先生は、一瞬の間を置いて相好を崩した。

「小野じゃないか。え? どういうことだ?」

「実は、和泉先生、いや、ユーコちゃんは私の友達なんで」

先生は、どう対応していいものやら、バルちゃんと佑子の顔を見比べるばかりなのだが。

「先生、もう二人、先生に会いに来てますよ」

バルちゃんは、柔らかな春の日差しの中でもう一度微笑む。

「一時、先生に嫌われたって言ってましたけど、緒方くん、サオリと一緒に来てます」

「嫌われたも何も、一昨年の秋にあいつらの披露宴に呼ばれてスピーチまでさせられたんだぞ。それ以来会ってないけど」

さっきまでの落ち着いた言動が乱れるのは、垣内先生の動揺、というよりも優しさの表れなのだろう。ベビーカーを押しながらグラウンド傍の通用門から、一組の家族が先生の元にやって来る。佑子にはその姿が、少し眩しく見える。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。