「えっ? 佳奈、何か言った?」

しまった!と思い、

「え? 違う違う、何でもないから」

と自分の顔の前で手をブンブンと振った。

「あんたさぁ、たまにわかんない事言うよね〜」

グループのちょっとリーダー的存在の優香が半分笑って、半分真顔で佳奈を見る。

「そうだよぉ〜」

真里奈が手を叩いて笑う。

「ごめんごめん」

と、さっきの独り言もハッキリとは聞かれてなかった事にホッとして、少し大げさに佳奈も笑った。

意味のない会話が続いて誰かがあくびをした時、窓の外がピカッと光った。

一瞬で空が暗くなり地響きのような音の後、物凄い勢いで雨が降り始めた。道路沿いに面した大きな窓ガラスに、次から次へと流れ落ちる雨の滴のせいで、外の景色が波打って見える。

道路の端のマンホールの中を工事していた作業員が、急いで片付けをし始めた。

「ちょっとー、雨とか聞いてないんだけど」

茜が携帯で天気予報を確認する。

「いや、今から天気確認しても、遅くない?」

と、真里奈がツッコミを入れて、ケラケラと笑いながら二人でハイタッチする。佳奈も、突然の雨にどうしようかと考えながら、何となく店の中をぐるっと見渡した。

入り口から対角の奥の席に、一組の学生カップルが座っている。佳奈はそのカップルの男子を見た途端、急いで視線をテーブルに戻した。

同じ学校の村上君だ。嫌な感じの汗が出てきそうな体温の上昇を感じる。相手の彼女は、なぜか学校の男子ばかりに人気がある紗夜という子だ。何処かの会社の社長の娘なのか、彼女に嫌われた子はいつも暫く学校に来なくなる。

正面に座っている優香が、少し落ち着かない佳奈を見てゆっくりと振り返り、その奥の席を見た。そして佳奈の視線が止まったカップルを見ると、大きくため息をついてまた佳奈を見た。優香は口をへのじにしながら、放っておけばいいという感じで両肩をすぼめて笑い、視線をまた携帯に戻した。

他の子達には気づかれない、優香なりの小さな優しさだった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『ギフト』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。