長い時間が過ぎていった。各方面に連絡をとる秋山を私たちは眺めていた。婆須槃頭だけが傲然と腕を組み瞑目していた。

俳優が番組で歌を歌う。世界各地の芸能界ではありうることだが、日本では珍しい。もっとも、石原裕次郎や勝新太郎などのように歌手としても一流であるのならそれはそれで見ものではある。しかし、日本に来たばかりの婆須槃頭がいきなり歌う、それも本人の意思で。このようなことが果たして実現するのだろうか。

やがて秋山が連絡とりを終えた。満面に笑みを浮かべこう切りだした。

「オーケストラと男声バックコーラスの目途が立ちましたよ。放送局交響楽団が希望の二曲の伴奏をやってくれます。バックの男声コーラスは放送局混声合唱団男声部が出演してくれるそうです。どちらもスケジュールが奇跡的に空いてました。まるで番組のために空けていたかのようです。婆須槃頭さん、これでいかがでしょうか」

「結構です。ご丁寧な連絡とりありがとうございました。早速彼らとのリハーサルにとりかかりましょう」腕組みをほどいて頭を下げるのを私は映画の一シーンのように見ていた。

「ギャラとか時間制限とか指揮との兼ね合いとかの細かい問題は、この際この秋山と吉原に任せてください」

婆須槃頭はこの成り行きをまるで予測していたかのように振るまっていた。翌日から番組のリハーサルが始まった。

婆須槃頭が日本にやってきているというニュースは隠しようもなく広まっていた。マスメディアの暴風が一気に吹き荒れ始めた。

私はインドに同行した内山に連絡を取り、マスメディア対策を指示した。内山が電話口で素っ頓狂な声を上げた。

「えーっ、あの佐々木洞海が放送局に来たんですか!」

「君なら知っているとは思ったんだが」

「知ってるどころじゃない。笹野さん、あの男はやくざ出身で一時のやくざ映画全盛期の大立者です。映画プロデューサーとして名を上げた後、僧籍を取りまして世界各地で仏教伝道者として活動、一時は表舞台から消えてはいたんですがね。また映画界に復帰したというのかぁ。やくざ時代はステゴロ(武器なしの格闘)で名を成した根っからの武闘派(ぶとうは)でした。佐々木寅雄というのが本名で既存の日本仏教界に異を唱える形で、ダライ・ラマに心酔しているということですが、婆須槃頭もえらい奴をボディガードにしたもんだ」

「とにかくだね。マスメディアの不埒な攻撃から少しでも婆須槃頭を守らなくてはならない。君にもよろしく頼むよ」

「わかりました。近いうち私も放送局に行ってみます」

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『マルト神群』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。