美琴は俯いて目を閉じた。しばらくして顔を上げると、

「ずっと忘れていたけど、思い出しました。私の母は、もう還暦に近くて孫もいるおばあちゃんですが、若い頃美人と讃えられた人で、でも私は全く似ていないので、母の遺伝子を期待する周囲の思いに応えられなかったんです。子どもの頃からブサイクと言われ続けて、大人になって可愛いとかきれいとか、たまにですけど言われるようになっても、信じられなくて」

「いや、普通にきれいですよ」

仙道が納得いかないという顔で、呟くように抗議する。

「たまたまそう見えたとしても、偶然のアングルっていうか、そもそもそこを求めるなら私じゃないでしょっていうひねくれた気持ちになっちゃうんです。面倒くさいでしょ」

「へーえ、ふーん、比較の対象が美しすぎたんだね。でもさ、話戻すけど、仙道君だってただのいい人じゃないかもよ。何かあるでしょ?」

「俺ですか? 弱点、思い当たらないなあ。あ、嘘です」

最後に順番が回ってきた仙道は、覚悟したように両手を腰に当てて、

「俺の弱みは母親ですね。あ、マザコンじゃないっすよ。俺三重の出身なんですが、母親は弁護士で、弁護士って言っても金持ちや大企業のクライアントは滅多につかないので生活は楽じゃなくて、女性や社会的弱者っていうか、そういう人たちの弁護をすることが多くて、政治的なグループともつきあいがあったので、俺が子どもの頃から事務所兼住宅の家の中にはいろんな人が出入りしていた」

「お父さんは?」

御影が蔦に視線を送りながら聞く。

「父親とは、会ったことないです。認知はしてもらって戸籍には父の名前が記載されてるけど、家庭のある某経営者で、雑誌で写真を見たことがあります。そんな家庭環境だから、いじめられるということはなかったけれど友だちの家とは違うと感じていたし、早く家を出たいってずっと思ってたから、受験勉強は必死でやった。母は美大に行くことは賛成していなかったけれど学費は出してくれて、父からも少し援助があって、大学は出たけれど今は舞台美術の仕事と絵画教室のアルバイトで何とか生活してて、いまだに母から小遣いをもらうことのある不肖の息子です」

「思ったより屈折してるじゃん、ね、美琴ちゃん」

「想像をはるかに超えてました」

頭上のアンティーク調のペンダントライトに照らされて、仙道の伏し目がちな睫毛の影ができる。御影は蔦のジャケットの袖に軽く触れた。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。