【前回の記事を読む】テクニックのある音求めて焦る…「彼女の世界観を守りたい」

KANAU―叶う―

NOW AND THENは、デビューしてすぐにブレイク寸前とまで目されている。「LONELINESS IN BLUE SKY」がデビュー曲だ。高校生らしいまっすぐで切ない曲調が、たちまち若者を中心に知れ渡り、中年世代へも広がった。日向の計らいで、高校生であるということから、メディアへの露出は控えている。取材も文面のみ。要するに音だけでデビューしている。日向ができるだけ高校生活を一般的に送れるように取り計らってくれている。公表しているのは、高校生四人だということと、制服姿の四人のデビュー写真だけだった。制服も高校が特定できないように加工したものだ。

本物のデビュー写真が、レストランバーNOW AND THENのピアノの上にそっと置かれている。小柄な望風の後ろに、背の高い三人がいる。左から武士、優理、大地。無造作に立つ四人は、大地が優理の肩に腕をかけ、優理は望風の頭に手をかけ、武士は制服のポケットに手を入れている。四人は笑顔だった。この笑顔をいつまでも守っていけたらいい、それぞれがそう思っていた。いつか色褪せてしまわないように、四人は毎日を一生懸命生きた。

その夜、大地は朝から続く強めの胸騒ぎに苦しんでいた。訳もなく深呼吸を繰り返していた。曲の音合わせもそろそろお開きにしようかと話していた頃だった。真夜中二時頃だった。武士の大学生の姉が、差し入れを届けてくれた。友達を連れている。

武士の姉の連れの女性は、とても可愛かった。色白で透明感があって目が大きくて顔は小さく、体つきはスレンダーで服のセンスもいい。細身のデニムにざっくりとした黒ニットをあわせていて、華奢な脚に高いヒールの靴をはいていた。オレンジ色の涙のような大きめのピアスが華やかだった。黒いロングストレートのさらさらした髪は、腰まであった。大地は可愛さに衝撃を受けて、見入っていた。二人は、武士と少し談笑して、四人に向かって手を振って背を向けた。後ろ姿が大地の記憶とリンクする。大地は朝からの胸騒ぎの訳を確信した。あのグラウンドの女性だ。武士が、

「れんさん、ありがとうございました」と言って手を振っている。大地は、武士に問うた。

「マジ可愛くね? 大学生?」

「タレント事務所にはいってて、モデルとかやってるってきいたことある」

と武士が言った。大地は淡くて小さい魔法にかかる。催眠術のように。

放課後になると、いつもの公園に大地は向かう。友人大勢が一緒でも、大地は、横目でれんを探していた。大地は、何度か辺りを見渡したり、振り返ったりしている。狙った獲物にはなかなか会えない。あくる日もあくる日も、会いたい人には会えなかった。公園に通う時間が、大地の想いを募らせる。どんな声か、どんな笑顔をするのかさえも、まだなにも知らないのに。想いだけが先走る。早く会いたくて早く言葉を交わしたい。美しい出会いを期待してしまう。運命だと期待してしまう。二人の出会いには何か訳があるんじゃないか……。大地はあの美貌を忘れられずにいた。グラウンドの彼女とは、なんとなくアンバランスだ。少し違和感が残った。バラの花にはとげがあるように、美しさには裏がある。