それなら、どのような方法で、入って来る侵入者を認識し先住者を認識していたのだろう?

個体ごとの匂いを離れた場所から互いに感知することができて、当然のように早い段階でお互いが認知できたかもしれない。ネズミは人より高い波長の音を感知することができる。もしかすると侵入者が入ってくる前に、人が感知できない方法で侵入者に警告を発していたのかもしれない。

とにかく、先住者の興奮の度合いは侵入者が入ってくる前に増していったのだろう。侵入者がそれを無視して入って来たために先住者の興奮状態がマックスに達したと考えると、納得がいく。

先住者「警告しただろうが!それが分かっているのにどうして入って来たんだ」

侵入者「興奮するな。争うつもりなんかない。頭を冷やして少し冷静になれ。俺たちは捕まったんだぞ」

侵入者は相手の求めに素直に何度も応じることで、なんとか先住者の興奮状態を収めようとした。そして、先住者がネズミらしさを取り戻すのをただひたすら願ったのだ。侵入者はその場の状況をよく理解しているから、相手に合わせて興奮する気にはならない。まるで、その場を丸く収めるために相手を説得していたようにも感じる。

結果として2匹は二度と争うことも無く和解できているので、示威行動などではなく、仲直りのための儀式、または手打ち式と言えなくもない。儀式化した行為という点では、ニホンザルの社会にあるマウンティングと呼ばれる示威行動が思い浮かぶ。

優位な個体が劣位の個体の背後から近づき上に乗っかるだけの行為だから短時間で終わってしまうが、日常的に行われていて、相互に序列を確認しあうだけの目的で行われている。上下関係を絶えず確認しあうことで集団内のもめ事を未然に防ぐ効果があるのだ。序列を重視する縦社会で、集団内にいる限り下の者は上の者に逆らえない。

そして、個体間の序列を決めるためには、同じ時に生まれた子同士でさえ争わなければならない。今回観察した行為は服従のポーズという点でニホンザルのマウンティングとよく似ているが、その目的が同じだとは思えなかった。

先住者の行為が1回で終わっていないからだ。前もって序列が決まっていて、双方がそれを確認するための行為であれば、ニホンザルのように1回で十分である。それに、前もって序列が決まっているなら、わざわざ人前ですぐにその行為を行う必要がない。後でゆっくりと確認すればよいことなので、まずは身を隠すことを優先するのがネズミだと私は思っていたのだが、読者はどう思うだろうか。

興奮状態が収まるまで何度もその行為を行おうとしていたことの不思議さがいつまでも引っかかっていて、何故だろうと思い始めると中々頭から離れなかった。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『文庫改訂版 捕獲具開発と驚くべきネズミの習性』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。