聴感覚と注意

視覚では、注意を向けた対象一つ一つにサッケードなどで視線を移動させ、情報をとらえられるので、知覚が能動的という側面があると考えられます。聴覚でもある程度は知覚の方向性を変えることはできると思いますが、さまざまな方向から複数の音声が同時に入ってくることもあるわけですので、受動的という側面があり、その中での注意による選択が必要ということとなります。

一つの音声に注意を集中していて、他に重要な音声が入ったときに聞き逃してしまうといけませんので(同時に二つのことを意味的に処理することはできないと考えられます)、聞き逃しを防ぐということからも、聴覚における感覚情報保存がやや長めということは効果的ではないかとは思われるところなのですが。

仮にほとんど同時に二つの音声情報が入ってきたとして、その両方を聞き取ろうとした場合、そのうちの一方を情報処理している(聞いている)間に、もう一方の情報が保存、保持されていて、直後にそちらの情報が知覚されると、たいへん都合いいわけですが、実際にはもう一方の情報も詳しく意味処理できる程度にまで保存されることは難しいように思います。おそらくこのような場合は、両方の情報に交互に注意を移動させながら、何とか両方とも理解しようと努力する感じになってしまうように思います。

ところで、聴覚と注意との関係を調べた、両耳分離聴課題という実験があります。これは、左右それぞれの耳に異なる内容の文章や単語のリストを入力し(聞かせ)、一方の耳への入力を無視しながら、もう一方の耳に聞こえる内容の追唱(聞こえたまま言ってもらう)を求めるものです(追唱するほうの耳に注意が向くわけです)。そして、注意しないほうの耳への音声入力について、どのような内容が認識されていたかの回答を求めました。

代表的な結果としては、(a)英語からドイツ語への変化に気付かない、(b)途中で逆再生に変化させても気付かない、(c)話者が男性から女性に変わると気付く、(d)音声から正弦波音(ピーというような音)への変化に気付く、(e)自分の名前が提示されると気付く、(f)注意する側の内容と関連する単語は追唱に影響を与える、(g)事前に電気ショックと条件付けられた単語と同じカテゴリの単語が提示されると、気付かないが皮膚電気反応は起こることがわかったとのことです。

このことから、注意されていないほうの耳からの音声も、(一部は)ある程度の情報処理を受けていて、記憶されていることがわかりました。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『「意識」と「認識」の過程』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。