第二章 奔走

【5】

タクシーを降りる頃には、すっかり日も暮れていた。宮神は、吹きつける冷たい潮風を浴び、コートの襟を立てた。電話帳に記載されていた住所に該当する場所には、巨大な倉庫がある。

門扉にはめ込まれたネームプレートには、確かに東野冷蔵という文字が刻まれている。ガセネタの可能性を疑っていたので、東野冷蔵があっさり見つかったことに拍子抜けしてしまった。

「宮神さんか?」

敷地内に入って事務所を探していると、やや離れた場所から声が聞こえた。前方に目を凝らすと、紺色の作業服に身を包んだ小柄な男性がゆっくりとこちらに向かってくる。どうやら、外まで出迎えてくれたようだ。

「ご足労、すんませんな。電話した東野です」
「いえいえ、ご連絡ありがとうございます。宮神です」
「ほな、事務所で話そか」

東野の誘導で、倉庫内の一角にある事務所へ招かれた。部屋には石油ストーブがあるが、どこか底冷えする。すでに人は誰もいない。

部屋の隅にある応接セットのソファをすすめられ、「失礼します」といって腰掛ける。声が若干震えている。緊張しているのかもしれない。一度事務所を出た東野は、缶コーヒーを二本手に持って戻って来た。

「甘いのと甘くないの、どっちにする?」と聞かれ、砂糖入りをいただいた。頭をフル回転させる取材を前に、糖分を補給しようと思ったからだ。

「率直に言うわ。うちの取引先がこの倉庫で食品偽装をしとる」

東野のストレートな物言いに、宮神は数秒間返事ができなかった。

「……食品偽装」
「そうや」
「どちらの取引先ですか」
「快清食品」

快清食品は、おもに食肉加工品を製造・販売している。スーパーの食品売り場に行けば、快清食品の商品がすぐに見つかるほどメジャーな企業である。

「BSEの騒動が起こったとき、検査前の牛肉が市場に出せなくなったやろ。それで農務省が救済措置として国産牛肉の買取を始めたんやけど……って、釈迦に説法やな」
「とんでもないです」

そうは言ったものの、騒動からの一連の流れは宮神の頭にも入っていた。直後にはほかの新聞社やテレビ局で省庁の対応を批判する記事もあったが、宮神は役人たちがBSEが発見された直後から不眠不休で対策にあたり、生産者や消費者のために最善を尽くしたことを現場取材で十分に知っていた。

事実、感染牛の肉はもちろん特定部位の1グラムたりとも消費者の口に入ることはなかったのだ。生産者や業者に対しても一キログラムあたり千五百円前後という買取価格が提示され、関係者は胸を撫でおろしたという。農務省をはじめとする省庁の対応はむしろ完璧と言えるものだった。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。