3.「産業革命」と社会の変化

蒸気機関と綿工業が結合した工業生産の確立(産業革命)がどのように社会を変えていったかを見てみましょう。工業生産が確立するまでの社会は、農業に依存した社会です。王様や貴族がいて、領土を支配し、農村における穀物生産や羊毛生産を支配していました。

それまでイギリスでは、農場における羊から生産する毛織物工業が発展していました。そのための機械として、ジョン・ケイの飛び杼や紡績機ができていました。

一方、イギリスはインドから綿織物を輸入するようになりましたが、この輸入量が増えてきたので、国内の毛織物業を守るために、綿のみの輸入は認めるが、綿織物の輸入を制限することにしました。これが逆にイギリス国内での綿工業の発展を促すことになりました。

綿花から糸を作る紡績機として、ジェニー紡績機(たくさんの軸をそれぞれ回転させて糸をねじって「より」をかけ、糸を巻き取る)やアークライトの水力紡績機(「より」をかける前に二つのローラーの間で糸に張力をかける紡績機。水力を動力として紡績工場を作った)が発明されました。

さらにこれらを統合したミュール紡績機ができ、工場内の紡績機械を動かすために、ワットの蒸気機関が活用されました。ワットの蒸気機関の動力によって工場内の天井に取り付けた回転軸を回し、この回転軸にベルトをかけて各機械に動力を伝えます。

こうして一台の蒸気機関から、同時に何台もの機械を動かせるようになったのです。糸を作る紡績機とともに、布を織る織機も発達しました。織機の動力にも蒸気機関が活用されました。

工場の生産性が飛躍的に向上し、農村からの労働者を雇いいれて生産を行う工業が確立しました。農村では大地主が牧草地を囲い込み、土地を失った農民が工場労働者として都市に供給されました。蒸気機関などの機械を製作するための旋盤、中ぐり盤などの工作機械が発明され、機械製作工場が発達しました。

蒸気機関を動かすための石炭業も発展します。機械の材料として必要な鉄鋼業も発展しました。

[図表1]イギリス産業資本主義の確立

工場の持ち主は生産設備や資金を有する資本家となり、「資本主義社会」が生まれました。イギリスにおける産業資本主義のつながりを示したのが図6です。

綿工業を中心に、石炭業、鉄鋼業、機械製作工場がつながり、産業の連携ができていきます。資本家が新しい工場を建てたり、工場設備導入のために資金を借り入れたりすることが必要になり、資金を提供する銀行ができます。当初は個人銀行でしたが、後に株式銀行となり、これを統括するイングランド銀行ができてきます。

一方、選挙法が1832年に改正され、産業資本家が議会に進出します。工業生産を支える工場法株式会社法銀行条例などができていきます。賃金によって雇われる大量の「労働者」が市民となり、労働者の参政権を求めるチャーチスト運動が起こります。

工場で生産するための物資を運ぶために、蒸気機関車と鉄道、蒸気船が発達し、交通革命を起こしていきます。

このように人工的な動力によって動かされる機械が飛躍的に生産力を高め、産業の発達を促し、それまでの社会を変えた「社会革命」を引き起こしたのです。

まず産業資本家が進出して、それまでの貴族や封建領主に対して権利を主張し、次に労働者が権利を主張するようになりました。こうして、段階的に民主的な社会へ発展していきます。

一方、このような産業資本主義は、海外における植民地獲得と結びついていました。綿花は、アメリカ、エジプト、インドなどの海外植民地から輸入し、綿工業で作られた綿織物はインド、中国へ輸出されました。原料や安い労働力を求めた植民地獲得が「産業資本主義」の段階から「帝国主義」へと展開していくことになります

※本記事は、2019年4月刊行の書籍『人と技術の社会責任』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。