万里の長城の内と外

この日の晩餐は日本の建設業者の現地代表者を招いて行われた。生の情報が得られて面白かった。事を決める際にはいつも宴会が必要との話にはリアリティーがあった。

具体的事情としては北京の水不足の話題があった。現在の水源では膨張した北京の人口をとても賄えないので、揚子江から導水するという壮大な案があると言う。

また同時に北京の砂漠化といわれる状況が発生している。その理由としては司馬遼太郎によれば長城の彼方、内モンゴルを現政府が耕地化しようとしたが、もともとモンゴルの牧草は層が薄いので、耕地化に失敗し偏西風で砂土が北京方面まで覆ってきていると言われる。いずれにしても大量の水供給が必至である。揚子江は三峡ダムから導水だろうが、西太后大運河に匹敵するプロジェクトであるわが国の技術力も必要になろう。

翌朝は初めて北京秋天というに相応しい抜けるような青空になった。我々はまず明の十三陵のうち定陵の見学に出発した。北郊へ走ること三時間で着いた。ここは地下宮殿で五室より成る。専制君主の威力を物語るが、現代から観ると無駄な遺跡に感じられる。

ここで先日来の腹痛が腹下りの形で現れて、バスの出発を少し遅らせて一行に迷惑をかけてしまった。かつての悪名高い中国のトイレ事情に関していうと、観光地では相当改善されている。しかし、地方では依然として昔のままではなかろうか。これは中国政府の衛生観念の問題であり、伝染病の危険は去らない。これが克服されて初めて近代化が達成されたとみてよい。何はともあれ体調がすっきりしてよかった。

昼食は一三陵ダムのたもとのレストラン。向こう岸に形のよい山があり、要所に亭を置き、いかにも中国風絶景である。

絶景の山を分け入ることしばらくで八達嶺に到達した。長城は相当歩くのかと覚悟していたが、二十段くらいで回廊に登れる。山々をうねうねと延びるこの壮大な建造物には、そこに払われた労力にただご苦労様と感ずる。専制国家はこのような大事業を可能にする。

私は長城の外側、モンゴルの遠景に気を奪われた。草色の原野、光り輝くダム湖の水の色、その上に藍色の山々、青空。いつか夢で見たような原体験的風景。

それに比し、長城内側は漢民族の精力的世界がある。それは農耕的なリアリスティックな雰囲気である。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『21世紀の驚くべき海外旅行II』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。