儒教絶対主義と文化大革命

京倫飯店の夜が明けた。朝食前に建国門まで往復四キロを散歩してきた。広大な道路。地味だが高層の建物群がのびのびした光景。緑も豊富だ。しかし、恐ろしいくらいだったのは通勤の自転車の大群。横断歩道を渡るのが命がけだった。

この日のツアーはまず天壇を訪れた。ここでは傘を広げたような円形の三層の建物、祈年殿が最も立派だった。観光地はどこも同じだが人で溢れている。文化大革命は五〇年代生まれの若者の激増をみたが、その後人口抑制に転じた。

文革のことだが、中国史において始皇帝以後には長いこと異端者審問がなかった。儒教絶対主義が論理の発展を許さなかったからで、この点で宗教(儒教を宗教と呼べるかは別として)の一貫性は平和をもたらすことを示す。

初めての魔女狩りは毛沢東の唯物論が普及した六〇年代の文革であり、犠牲者数百万(一説では一〇〇〇万以上)と言う。加害者は概ね魯迅の「阿Q正伝」的気分だったろう。そこでユン・チアンの『ワイルド・スワン』のような西欧風に見れば二〇世紀の長恨歌文学ができてくる。

午後は故宮を見学した。

【写真】故宮
※本記事は、2021年7月刊行の書籍『21世紀の驚くべき海外旅行II』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。