先輩の先生に誘われて短いドライブ。ファミレスで昼食をとりながら、だんだん佑子の気持ちは落ち着きを失っていく。

この午後から、保護者を加えての三者面談を予定している。土日は職業を持っていて平日を空けられない保護者に向けて。コッチは土日も平日もなしだぜ、という同僚の嘆きも聞こえはしたが、こればかりは仕方ないことだと割り切るしかない。どのみち、部活で学校に来ているのだし。

入学以来、深刻な課題を浮かび上がらせた生徒は多くない。佑子のクラスでの最大のビックリは、佑子名ざしでの警察からの電話だった。

とはいえ、違法駐輪で引っかかった自転車のステッカーが、佑子のクラスの男子生徒のものだったから。本人に聞いてみたら、自宅前から盗まれた自転車とのことで、盗難届は提出済みだった。その後は現場の向かいのコンビニが備えていた防犯カメラの映像から自転車盗の常習犯が捕まる、というオマケがついた。

クラスのことで言えば、個々の課題はもちろん四十人分あるのだけれど、昼下がりからの三者面談は無事に予定通り進んだ。その最後は新田ありすちゃんだ。

「母です」

外の陽光が痛いほどの中、それでも教室内はエアコンが効いているから、首元をハンカチで押さえていたお母さん方も、席に着くと落ち着いてくる。佑子にしてみれば、みんな先輩ではあって、もしかしたら頼りない担任と見られているかもしれない、という不安は消えないのだけれど、逆にその若さに期待されたりする言葉も頂いた。

そんな中で教室に迎えた新田ママは、新田さんからの紹介とともに席に着いた。でも、必要以上に控えめな姿勢で、逆に何かを隠している気配さえ感じる。

現在シングルマザーという状況にあることも、あえて訊けることではないし、佑子はどう会話を始めていいのか、正直言って困った。

新田ありすは、生活態度も成績も、まったく問題なし。なのだけれど、そんなことで片づけていいとも思えない。彼女が学校生活のそこここで、誰かと語り合ったり笑い合ったりしている場面を見たことがない。ご家庭ではどうですか、と訊いても、帰宅が遅くなることも多いというお母さんは、コメントをしきれない様子。

妙に沈黙が多かった面談の場面で、最後に新田さんは、いきなり佑子の目を正面から見据えた。そう、何だか覚悟を決めたというような眼力で言ったのだ。

「和泉先生のね、その泳ぐ目が好き。はったりも何にもない、自信のなさが、好き。私、大丈夫ですよ。オトナは信用してないけど、和泉先生は、好き。カッコつけないし」

あ、この子、バルちゃんなんだ。そう思った。誰も頼れないって思いながら、必死で自分を保とうと、それでも誰かとのつながりを求め続けたバルちゃんの精神史を、バルちゃん自身が正面から語ったわけではない。でも、何となく佑子も、彼女の独白、まぁそのうちの多くはお酒とともにではあったけれど、それを聞いてきた。

学校の秩序とか制服とかヘアスタイルとか、守らなければならないと言い聞かせられた、どうでもいいことの枠組みを踏み外すこともできず、でもオトナにとって都合のいい子どもであることにも納得できずにいる自分。そんな、十代後半。

ありすちゃん、自分を解放していいんだよ、と、言いたかったけれど、佑子はその勇気を持つこともできなかった。最後まで目を伏せていたお母さんを目の前にして。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。