御影が思いついたゲームのようなもので、「素面しらふでは言えない自分の弱点をこの場で言い合おう」と提案したのがきっかけだった。

「まず仙道君」

「まず自分でしょ」

「そうか。あたしの弱点ね、学歴かな。御影なつきは高校中退であります」

御影は頬を上気させて語り始めた。

「何か事情があったんですか?」

美琴が尋ねると、トルティージャという卵料理をもぐもぐと食べながら話し続ける。

「豊橋の実家が染色工場を経営してて、いずれあたしも染色をやろうと思っていたんだけど、高校の先輩だった彼氏が東京の大学へ行くことになって、どうしても離れ離れになるのがつらくて、親を説得して染色の勉強しながら高卒資格も取れる東京の専修学校に入学し直したの。でも結局親の工場が潰れて、学費を稼ぐために和装モデルとガールズバーのアルバイト掛け持ちしていたら体がキツくなって、学校もやめることになっちゃった」

「彼氏とは? あ、俺ビールに変えます」

仙道がラガービールを注文しながら先を促す。

「お互い若かったからね、彼氏はモテたし、東京の広告代理店に就職して新しい恋人ができた。あたしは泣く泣く実家に帰って、名古屋の染色工房に就職した。そこで取引先の紡績会社に勤めてたダンナと知り合って結婚したの。子どもができなくて十五年、今に至ります」

腕を組んで聞いていた蔦が身を乗り出した。

「染色は今もやってるの?」

「うん。このワンピも自分で染めたやつ」

「いい色だと思ってた」

美琴がターコイズブルーの布地を褒め皆が頷くと、御影がいたずらっぽい目を蔦に向ける。

「蔦先生は、絵画教室のパンフレットには創作活動や受賞の経歴しか書いてないけど、美大とか出てらっしゃるの?」

「……僕は福井の生まれで、金沢の美大に入学したんだが、腎臓の病気になって一年ほど休学したんだ。復学しても気分が鬱々として、創作意欲が湧かなかったときに友人に誘われてスケッチ旅行に出たら、楽しくてねえ。そのうちに北海道から沖縄まで旅して歩くようになった。大学に行かず、アルバイトして安い宿に泊まって絵を描く、の繰り返し。元々美大進学に反対だった親にバレて仕送りは切られ、授業料を滞納して大学は除籍になった。若い頃は本当に金がなくて、入院したとき知り合った看護師の奥さんに食べさせてもらっていた」

「突っ込みどころが多すぎるんですけど」

と、御影が目を丸くして聞く。

「就職はしなかったの?」

「二十九歳のとき二人目の奥さんに子どもができたから、茨城の方で上下水道局に中途採用で入って、二十年くらい現業の公務員をやりながら絵を描いた。そのうちに名古屋で画廊をやってた人に誘われて教室を開くことになって、五十を過ぎてこっちに来た。子どもも独り立ちしたので離婚して。ちなみにその画廊の娘が今の三人目の奥さんで、三年前に義父が亡くなったので土地建物は彼女が相続した。で、『つた美術』の看板を出してもらったんだ」

「波乱万丈っていうか。先生のウィークポイントはお金と女ってこと?」

「まあそんなとこか。持病があるから体も弱い」

「人間味は感じるけど、何か引っかかる。先生にとって女はお財布?」

御影の口撃を仙道は慌てて制しようとしたが、蔦は動じない。

「そんなことないさ。この人と添い遂げたい、とそのときは思っているんだ。でも三回結婚したけど、一番好きな人とは一緒になれなかった」

「先生の女性の話を全部聞いていたら、夜が明けちゃう。ねえ?」

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。