敷地北西角に大きなイチョウの木があり、2mほどの高さにある木の股の部分に皮をむいた銀杏ぎんなんが沢山落ちている(写真1,2)。手にしてよく見ると、尖った方からかじられ、5~6㎜の丸い穴が空いていて中の実が食べられていた。

通常、1月になると、落ちた実の表面は乾燥してしわだらけになった種皮に覆われているのだが、店で売られているもののようにきれいに皮が剥かれ、中の実が食べられている。実に不思議な光景だった。

[写真1]イチョウの木
[写真2]中の実が食べられている銀杏

初めは、どんな生物の仕業なのか見当がつかなかったが、リフォーム業者の話では、和室の天井をめくった時に、驚くほど沢山の銀杏の殻があったそうである。そのことからクマネズミが天井裏に持ち込んで食べたことがわかった。

どの時期に持ち込んだのか、落ちてすぐの実は臭くてたまらない種皮に覆われているはずである。この種皮の汁に触ると、人によってはかぶれたりする。クマネズミにいろんな段階のイチョウの実を与えてみて、どのように食べるのかを見てみたくなった。

案外、臭い汁気たっぷりの種皮の部分がお気に入りかもしれないし、あるいは、乾いてしわしわの種皮が美味なので乾くまで待つのかもしれない。乾くまで待てない個体は食後に口元がかぶれたりするのだろうか?

そして、不思議なことに、小さい穴を開けるだけで中の実をきれいに食べている。その方法が思いつかない。固い殻を齧るのが得意なら、殻を完全に取ってから食べればいいのに、5~6㎜の穴で事足りている。口に隠れてわからないが、2本の前歯が案外長くて、器用に中の実を食べるのかもしれない。想像するだけで楽しくなる。

ほとんどの野ネズミは落ちた木の実を食べる。クマネズミも落ちた物だけを食べると思っていたがそうではなかった。幹周り2m以上の大きいイチョウの木を垂直に登って餌を探していることが確認されたのだ。ドブネズミには到底真似ができない芸当である。家ネズミとして人と共存することが多いクマネズミとドブネズミの2種は見た目がよく似ていて混同されることが多い。

しかし、このように生活様式が大きく違っている。木に登って餌を探せるクマネズミは森林での生活に適応していて、小笠原諸島のうち、人家の少ない島に生息するクマネズミは人と共存しなくても森林地帯で充分生活することができていると聞いたことがあり、今回の観察でなるほどと思った。

夜間に強い風が吹くと、翌日には拾いきれないほどの銀杏が落ちている。

冬に入る前の限られた時期に食料が大量に手に入った時、クマネズミはその食料をどうするのだろうか?

人と関わりを持たないクマネズミの生活に思いをはせたとき、天井裏の大量の銀杏の殻は冬を乗り越えるためにわざわざ持ち込んだ結果なのではないかという疑問が湧いて来た。

食べきれないほどの食料があった場合、野ネズミ同様、クマネズミも貯穀性を持っていると考えた方が良さそうである。しかし、種皮のついたまま持ち込んだのでは和室は銀杏臭くなり、下にいる人は気が付くはずである。

では、どの段階で持ち込んだのだろう?

1枚の写真から想像が膨らむ。長い余談である。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『文庫改訂版 捕獲具開発と驚くべきネズミの習性』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。