第二章 奔走

【3】

「つまり、納豆菌とは異なるバクテリアが繁殖しているということですか」
「原因で何か思い当たる節はありますか」
「衛生面の対策はしっかりやっているつもりですが、何かあったということでしょう。助けてください、五日で納品しないとならんのです!」
「ちょっと工場を見せてもらえますかな」
「ご案内します」

工場内を歩いてみると、外観を見ただけではわからない老朽化がいたるところで進んでいた。相当築年数の古い建物なのだろう。

ふと、広澤と北原が足を止めた。窓を調べているようだ。ふたりは窓枠の辺りに顔を近づけて観察したあと、無言でうなずき合った。

「福島社長、この窓をご覧ください。ほんの僅かですが、窓枠に隙間が空いています」
「どれどれ……あ、ホンマや! 砂が積もっとる!」
「おそらく劣化したのでしょう」
「原因として考えられるのは地震くらいでは。大きな被害はなかったんやけど、まさかこんなところに影響が出ているとは思いもしませんでした」
「この隙間から土壌菌が入り込み、納豆菌を汚染した可能性が高いですね。工場内の徹底的な洗浄と修復工事が必要です」

広澤は腕時計をちらりと確認し、「まだ間に合うな」とひとりごとをつぶやいた。

「北原、今から新幹線でうちの工事部門をここまで来させろ。人数は多ければ多いほどいい」
「わかりました。福島社長、お電話をお借りします」

北原は小走りで事務所に戻った。宮神と広澤は呆然とする福島を促し、北原の後を追った。東京から八人の工事部員が到着した頃には、すでに日付を跨いでいた。宮神はキャップの大森に事情を伝え、福豆食品の再生までの過程を密着取材する許可を得ていた。

「まずは窓枠の洗浄と密閉工事。それから工場全体のクリーニングと除菌をしよう」

北原が八人に指示を出す。八人は建築関係の知識も豊富らしく、入念に洗浄したのち、サッシにゴム製のパッキンを取り付けた。これで、外気の侵入は防げるようだ。

しかし、作業はここからが本番だった。八人はそれぞれの持ち場につき、生産ラインはもちろん、壁や床といったあらゆる場所をひたすらに洗浄していく。場所によっては煮沸消毒も行っている。宮神はプロの技術にただただ感心した。

一度帰宅した宮神に広澤から洗浄や工事が完了したと連絡がきたのは、翌日の夜だった。八人は丸二日間、ほぼ不眠不休で作業に従事し、工場を安全な状態に回復させたようだ次の日に福豆食品を訪れると、福島の顔色はだいぶ良くなっていた。

「本当に宮神さんのおかげです」と何度も言われ、照れくさくて仕方がなかった。すでに工場では豆を仕込み、新たな納豆づくりを開始していた。納豆が完成するまでにはおよそ三日間かかるので、失敗は許されない。プレッシャーは大きいだろうが、福島はけっして弱音を吐かなかった。

翌々日、宮神は出来立ての納豆を前にする福豆食品の社員に混じり、品質検査の様子見つめていた。白衣を着た工場長が箸で納豆をつまみ、引き上げる。すると、みごとに糸が引いた。その瞬間、建物の外にも漏れるような大歓声が上がった。

「宮神さん、やりました! 無事に成功しました!」

そう言って喜ぶ福島の顔は、涙で濡れている。よくよく見ると、ほかの社員たちも声を出して泣いていた。宮神もつられて泣きそうになったが踏みとどまり、写真を撮影し、社員の声をつぶさに拾った。

その後、卸業者や各小売店の担当者、GOESの工事部員らが総出で出荷を手伝ったおかげで、五日ぶりに福豆食品の納豆がスーパーに並んだ。福豆食品の社長室で、福島は広澤に「倒産の危機を救っていただいた。本当にありがとうございました」と何度も頭を下げていた。それを見て宮神は、ビジネスでは相手から感謝されること、ニーズを満たす“ウォンツ”の重要性をあらためて認識した。

そして宮神は、人々が協力して窮地を脱する姿に心を打たれた。気持ちを込めると、記事を書く筆圧も強くなる。結果、不良品を速やかに回収して生産ラインを立て直した福豆食品に同情と賞賛が集まり、同社の納豆は飛ぶように売れた。

阪神大震災のときのボランティアと同じように、本当の苦難が訪れた時、人々は協力する。そう確信した宮神は、じつに爽やかな気分だった。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。