目の前にあるショートケーキは苺を失った部分の生クリームがはげている。こんな時でさえその造形を目で追ってしまう。静物デッサンを二年も続けるとすべてが絵のモデルに見えてくる。

「受験が無事に終わるまでは見届けたくて……ごめんな」

もうずっと前から決めていたことだと言われ、説得もさせてもらえず無言の時が流れた。

「最後に抱きしめてもらっていい?」

「おいで」

両手を広げる祐介は、いつもの祐介だった。私の肩を強く抱きしめた腕は少し痛くて、少し震えていた。

「泣いてるの?」

「泣いてない」

「鼻声になってる」

そういった私の声も鼻声だ。別れ話をした後、私たちは二人して泣いていた。祐介の部屋を出るまで何時間も抱きしめ合っていた。涙が止まっては溢れてきて、なかなか外に出られなかった。やっと私の涙が止まったタイミングで、祐介は家まで送ってくれた。

「ケーキ、食べれなかった」

「そうだね」

「……また食べに行くから」

「うん」

「ばいばい」

「ばいばい」

自転車に跨いで去っていく祐介の姿が見えなくなるまで手を振った。もしかしたら、思い留まって戻ってくるかもしれないという期待を持ったが、祐介は一度も振り返らなかった。

やっぱり別れないでもいいのではないかと連絡してみたが祐介の意志は固く、大人しく引き下がった。三日間泣き続けた後、砂漠のように枯れた涙腺からは一滴も涙は出なくなった。

祐介がいきなり別れ話をしたのはきっと私が重荷になったからだ。父に彼氏の存在がばれて、それから私が不安になって……あの日から私の心はさらに重くなり、それが原因で私たちは壊れていったんだ。

父のせいだ。母のせいだ。どんな些細なことでも誰かのせいにしたくて両親を恨んだ。

「こんな家、早く出て行きたい」

「ここには居場所はない」

「ここにいると私はずっと不幸のままだ」

口癖のように毎日いい続ける私に、母は「うん。東京で楽しんできなさい」と答えるだけだった。この頃の私は、母の気持ちを汲み取ることができなかった。

初めての彼氏が祐介で良かったと心から思う。父の不倫で男嫌いになりかけていた時、偏見はあったが祐介のように純粋で一途な男性がいることも知ることができた。東京へ旅立つ前にあの公園のベンチに座った。

約二年半過ごした祐介との思い出を振り返ると泣けてくる。まだ付き合っているのではないかと錯覚してしまうほど心には祐介がまだいる。右手に光る赤いルビーの指輪は御守りとして外さないでおこうと真っ青な空に右手をかざした。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『拝啓、母さん父さん』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。