望風は、夢標を完成することができなかった。まだできるはず……そう思ったまま、まだ何かが見えない。そんな立ち位置だと感じていた。

四人が通う高校の近くに、大きな公園がある。体育館、グラウンド、テニスコート、スポーツクラブ、遊具のある広場、ジョギングコース、図書館、カフェ。大地は、放課後、ここに遊び仲間と行く事が多かった。木や花もたくさん植えてあって、なんだかきらきらして見えて、自然の中にいるという空気感が好きだった。雨の日も、風の日も、晴れの日も、雪の日も、なんだかときめきのようなものを感じる場所だった。

人の汗や血生臭さを想像できるからだろうか。元気が出る。それと同時になにか予感しているのだろうか、いつも胸騒ぎがした。自転車に乗って、数人で騒ぎながら風を切るときも、歩いて他人とすれ違う時も、草野球ではしゃぐときも、苦しくなって目を閉じてしまうことがあった。

大地のはしゃぐ声とれんのなびくロングストレートの髪が、時折すれ違う。その時はまだ、お互いを知らない。

ある日、れんは、芝のグラウンドにいた。よくサッカーで使われている、客席もあるグラウンドだ。れんは、一人泣いていた。グラウンドの真ん中で誰にも見られないように、長い黒髪で顔を隠しながら、泣いた。

その時、誰もいないグラウンドの真ん中にポツンと一人立つ女性を、大地は見た。遠目からスレンダーで腰まである髪の長い女性が見えた。目に留まり、通りすがりに立ち止まった。しばらくその情景を見つめていた。時が止まっているかのようだった。この景色を覚えておかなくてはいけないと、使命感のようなものを感じた。運命と感じさせるようなときとなった。

残像が記憶の中に宿ったようだ。なんとなく大地は彼女を探すようになった。彼女に似た雰囲気の女性を見かけると、彼女かどうか確かめるために見入ってしまう。顔も名前も知らないのに、そんな女性に会いたいと思うなんてどうかしていると、大地は自分でいぶかしんでみたり。見立てから高校生じゃなさそうだ、大学生か社会人、二十歳前後ではないかと考えてみたり。探しはじめると、偶然会えることなんてそうそうなかった。SNSで探す当てもない。そうして数か月が過ぎた。胸騒ぎは続いた。

NOW AND THENに集まって、四人で曲合わせをしていた。閉店時間を過ぎたあとに演奏練習をすることが多く、週末は、朝方まで四人で過ごしていた。常連客は、閉店後も四人の演奏を肴に呑むことも少なくなかった。

望風の作った「夢標」の音合わせをしている。大地は、詩も曲も、自分には全く描けないし想像する事もできない望風の世界観に、嫉妬しそうなほど憧れた。イ短調で始まるその曲は、ピアノで作曲された楽譜を見ると、一見単調で簡単なように見える。おもしろみがなさそうな楽譜だ。だが、実際演奏してみると、一転混乱する。メロディラインはとても綺麗だ。単調なわけではない。どこかで聞き覚えのあるようなメロディでもない。

大地は望風の作詞作曲に対して、いつも感じることがある。綺麗だ。複雑な楽譜でも、最終的に全体的に、綺麗だ。ピュアとも言えるかもしれない。サビのメロディラインを歌う望風の歌声は伸びやかで、限界のなさそうなくらい儚い。旋律を超えて美しいと感じる。

隣でギターを弾きながら、どこまでも響き渡りそうな幅のある歌声に、上手いテクニックのある音を利かせたくて、上達しようと焦る。武士の提案で、サビは望風の歌声を活かす演出アレンジになっている。だが、望風のイメージでは、複数のボーカルで宇宙観をだしたいと。編曲のアレンジも納得いかないようだった。

夢標は、うまくいけば某ドラマとのタイアップがきまるかもしれない。特に武士は、そのチャンスをつかみとりたいと思っていた。夢標は、望風の世界観にかかっている。望風の世界観を守りたかった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『KANAU―叶う―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。