*早すぎる室内清掃には要注意

これは私が実際に被害に遭ったことです。一九九二年当時、私は大使館のないモルディブ共和国に赴任しており、毎月一回、隣国スリランカにある日本大使館および国際協力事業団(JICA)の事務所へ、業務報告のため出張していました。毎月のことなので、多少油断があったかもしれませんが、私が定宿としていた世界的に有名なホテルでこの「事件」は起こりました。

ある朝、私は朝からの業務のため、七時に朝食を食べに部屋を出てホテル内のレストランに行き、約四十分後に部屋に戻りました。そのとき、部屋の清掃、ベッド・メーキングがすでに終わっていました。通常これらの作業は宿泊客のチェック・アウト後またはキーをフロントに預けて出かけたあとにするはずですが、そのときは随分早いな、と感じたくらいでした。

朝食に行くだけなので普通は持って歩くアタッシュ・ケースは部屋に置いてありましたが、ダイヤル・キーはかけてありましたし、スーツ・ケースにはダイヤル・キーとロック・キーもかけていました。

通常私は、現金は二重ロックのスーツ・ケースに保管しています。が、そのときは午前中の仕事が終わったあとに、市場に行って食料品の買い付けや輸送の手配をする予定でした(当時私はモルディブ共和国で港湾建設工事などを実施していましたが、そこでは作業員からスタッフの食材まで、自身で輸入するよう義務づけられていたため、出張の際には食糧調達も重要な仕事でした)。千米ドルを封筒に入れ、セロハンテープで封をし、その他の書類やノートと一緒にアタッシュ・ケースに入れていました。

その日は、モルディブの建設プロジェクトで工事管理を担当していた日本のコンサルタント会社のエンジニアH氏も大使館とJICA事務所への報告のため、私と同じスケジュールで同じホテルに滞在し、午前中は一緒に工事の進捗状況などの報告を行い、午後からはそれぞれの必要品調達のため、別行動をとることになっていました。

私は午前中の報告業務が終わったあと、市場へ出向き、顔馴染みになっていた市場の責任者と打ち合わせをして、いざ契約金を払うことになり、毎回決まった金額千米ドルが入っているはずの封筒を渡し、確認依頼をしました。

そのとき、封をしてあったセロハンテープが少し切れていたため、「あれ?」とは思ったのですが、「アタッシュ・ケースの中でなぜか切れたのかな」と思いました。

しかし金額を確認していた市場の責任者が、「金額が不足している」と言うではありませんか。私は驚いて「そんなはずはない。自分で確認する」と言って封筒ごと返してもらい、確認したところ、七百米ドルしかありません。

よく調べると封筒に金を入れる際にホチキスで止めたはずなのに、ホチキスの針が緩んで浮いていました。私は「やられた!」と直感しました。その場は千米ドルにして支払い、何とか契約はできました。

その日の夕食時にH氏と会いましたので、金を抜かれた件を伝えたところ、H氏も「私も同様に三十パーセント盗られていました」とのことで大変驚き、またH氏もほぼ私と同様な現金保管をしておりましたが、二人して同様な被害に遭ったことと、その窃盗犯(ホテルのスタッフ)の用意周到な犯行に驚かされました。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『アテンション・プリーズ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。