今夜の二十時発の列車でブエノスアイレスに出発する予定だったが、入国手続きが終わったのは二十時三十分。もう列車は出てしまっただろうから、ここでの一泊は仕方ないとあきらめていたら、列車の出発は二十一時とのこと。急いで駅にかけつけると列車は既にホームに入っている。

しかし、切符は売り切れてもうないと言われる。でも列車の中で買えばいいだろうと、とりあえず列車に乗り込む。しかし、翌朝車掌がやってきて切符なしで乗車した罰金として二十ペソ(約五百円)をとられた。運賃が十六ペソなのに、その一・二五倍の罰金を取られるのは心外である。切符を買おうとしたけど買えなかったのだとしつっこく説明したが聞き入れてくれない。

乗った列車は満員でインディオが大半だが、これまでの国の人のよそよそしく鋭い目つきではなく、親しみを感じる。座席は二人がけの座席が向かい合ったボックスシートだが、座席にクッションはなく木のまま。幸い二人分の座席を見つけて座ることができた。

しかし、発車時刻が過ぎても列車は発車しない。そのうち警察か軍隊かが乗客の荷物の検査を始めた。網棚に置いている荷物(荷物は旅行かばんではなく、大半は布でくるんでいる)、その布の包みの荷物に先端がとがった金属の棒を突き刺して、その香りをかいでいる。検査官が怪しいと判断した包みを開けるのを覗き込んでいたら、コカだよと手渡して見せてくれる。

乗客はコカのにおいがもれないようにビニール袋に入れ、口をしっかり閉め、さらに布で全体を包んでいる。この検査でいくつかの荷物が押収された。コカの葉はボリビアでは日常的に市場で売られているが、アルゼンチンでは売買はだめなのだろう。あるいは、ボリビアに比べてアルゼンチンでは高い値段で売れるのか。

いずれにしても、それをこの国境の町で大量に仕入れてアルゼンチン国内で売るということか。コカの葉は形も香りも日本茶に似ている。インディオたちはそのままかじるが、標高が高くて寒いアンデスでもおなかの中が暖かくなってくるそうだ。しかし、慣れないと唇がはれてくる。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『国境』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。