また、大砲を運ぶのを人に見られないようにしなければならない。近隣は封鎖したから、人が来て見られるということはないが、問題は真正面にある吹の村である。そこからだと、やっていることが丸見えなのだ。それで、村の前面に陣を敷き、幔幕を張り巡らし、その上、村人を家から出ないように禁足させた。

大砲についての処理が一段落すると、一行は船尾の船長室に入った。大きな机があり、それは固定されているものの、椅子や燭台、紙、インク、羽ペン、航海日誌などが散乱している。さらに調べると、据え付けのいくつかの引き出しがこじ開けられ、中身が持ち去られているのがわかった。すでに誰かが船に入って荒らしたのだ。

萱野軍平は怒って、異国船の物を略奪したのは吹の村人の仕業に違いないと、舟を返し、村長の友左衛門に問い質した。友左衛門は村人が船のなかを荒らしたことに、確かにその通りだと認めたが、すでに昨日の時点で蕪木郡の代官の階太夫郎が、村人が船から略奪した物を取り上げたという。

階太夫郎は村人から異国船には生存者がいないと聞いて、見張りを残して、報告のために代官所に戻り、海防方に事件を報告するとともに、次席家老の脇坂兵頭にも使いを出した。階太夫郎は郡代になりたくて、いままでも脇坂兵頭に賄賂を贈るなどして取りいっていたのだ。

その脇坂が廻船問屋の勢戸屋と懇意にしているのも知っていたから、坊の入り江に異国船が難破したことは、勢戸屋の抜け荷にも関わることとして、早く知らせたほうがいいだろうと判断したのだ。

脇坂はその知らせを直ちに勢戸屋に知らせた。その後、吹の村に見張りとして残してきた代官所の手の者から、村人が闇に紛れて異国船に入り、さまざまな物を略奪したとの知らせを受け、自分の管理不行き届きを問われかねないと階太夫郎は怒って、村長の友左衛門に命じて、村人が略奪した品物を差し出させた。

階が見張りを置いたその夕暮れに見張りの目をかいくぐって、岩礁の裏側から船に忍び込んだ者がいたのだ。捕まえてみると吹の村人で、問いただすと隣の者が船から取ってきたものだと、赤いサンゴの玉を見せびらかしたという。それで自分もと忍び込んだというのだ。

村人が異国船から略奪した装飾品のなかには、サンゴ、エメラルド、トルコ石といった御禁制の品物の他に、決闘用につくられた装飾された短筒があった。階太夫郎はそれらを取り上げ、萱野軍平に押収される前に、装飾品の一部と短筒を次席家老脇坂兵頭に進物というか賄賂として渡したのである。

残りの装飾品は勢戸屋が引き取った。勢戸屋は江戸ならご禁制の品でも目立たないと、江戸の大店の唐屋に高値で売り渡した。

唐屋の娘の鈴は遊び人で、取り巻きを従え、いつもお嬢様きどりで、他の娘と競い合っていた。そこで勢戸屋から手に入れた御禁制の装飾品を身につけて見せびらかしたのだ。それが町役人の目にとまり、唐屋が取り調べられ、出所がわかると河北藩に隠密が動き始めた。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『祥月命日』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。