後半最初のチャンスは大磯東。キックオフボールを相手が落とし、マイボールスクラム。そのスクラムを、西崎くんはものすごい瞬発力でめくりあげた。相手のディフェンスの足が止まる。そうなればやりたい放題だ。その後の相手フォワードは、さらに精彩を欠く。

突進する、決して速くはない西崎くんの姿を恐れるようになった。正直な、真正面からの闘い。不器用なら不器用で、自分の力の示しようがある。西崎くんは七分間、それを全身で示したのだ。

この大会は、優勝ティームを決める大会ではないし、上位大会もない。それでも大磯東フィフティーンは、実力校の実力校としての力を体感し、競った試合でキツイ中での勝機を見出す体験もし、そして二年生世代だけでの大勝を手にした。

本当に得るものの多い一日だったな、と最後のミーティングで基は締めくくった。保谷くんの大きな掌で頭をもみくちゃにされて、西崎くんの表情の緊張がほどけて、くだける。

「ラーメン食って帰ろうぜ。家系!」

「どっか美味いとこ、知ってんのかよ」

「並ぶのはヤだぜ」

口々に、せっかく横浜に来たんだし、と。でも佑子にも分かる。今の彼らの満足感。やり切った一日。去年に比べて、すっかりたくましくなったその背中。

「ユーコ先生」

基のクルマに荷物を積み込んで、その報告に来た海老沼さんの表情が曇っている。そういえば、大勝した試合だったのに、愛甲高との試合中は、彼女の大声が聞こえなかった。

「私ね、あたし、先輩が引退するの、ヤだ」

「まだ、引退なんかしないじゃない」

「でも、でも、いつか引退するでしょ。あたし、今のままがいい。何ンにも、変わってほしくない。明日も明後日も、ずっと、今のままがいい、の」

まあるい頬を、涙のしずくが駆け降りる。幼い子どもが、とっても悲しい事実を知ってしまった時のように。

佑子はその小さな肩を、そっと抱き寄せた。彼女の身体の中にある熱が、掌に伝わってくる。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。