【前回の記事を読む】就任先への挨拶。副学校長が「猫を被っている」と感じたワケ

国田克美(くにだかつみ)という女

会食後に村山は国田に尾因市の観光を勧め、自分で観光タクシーを手配し、一時間半ほど市内を案内した。最初に浄土寺(じょうどじ)に案内された。境内には鳩が群がり餌を与える子供たちがいた。

村山は対岸の向島(むかいじま)の造船所を指さし、昔の進水式では新造船が進水するとくす玉が割れて、その中の鳩が飛び立ったことや、その鳩はこの境内で投網で捕らえて持って行ったことや、この由緒ある浄土寺は足利尊氏が九州より兵をあげて上京する途中にこの本堂で太鼓を叩いて戦勝を祈願したことなどを国田に語った。

次に村山は千光寺(せんこうじ)を案内した。この寺には毎年大晦日にテレビで放送される除夜の鐘がある。国田はその鐘の下で尾因市と瀬戸内海の多島美の素晴らしさに感銘した。

本堂の横にある休憩所の腰掛けに二枚の赤座布団が置いてあった。二人はそこに座った。国田は眼下の尾道水道と向島、因島(いんのしま)方向を見ながら、

「瀬戸内海の海は大阪で見る海よりは青色が綺麗な感じがしますね」

「景色が綺麗だと、そのように感じるかもしれない。ところで国田さんの履歴書を拝見させてもらったところ、教育学部を卒業していますね。私は医学部に入学する前は中学校の教師をしていたよ」

「えっ、村山先生が、お医者さんになる前は中学校の先生をされていたのですって、これも何かのご縁かもしれませんね。実は私は大阪の看護専門学校在学中に大阪近郊の国立大学の教育学部に合格しましたのよ。教師になろうかと思って入学手続きをしましたが、やはり看護師になる道も二年も歩んでいましたので、翌年に看護師になりました。

大学はほとんど出席していないので留年となりましたので、退学しました。その後、高校の友人が教師になったことを聞いて、私も教師になろうと一念発起して愛知県の私立大学の教育学部の通信教育を受けて、看護師として働きながら六年間も費やして教員免許証を取得しましたのよ」

「そんなに苦労して二つの免許を手に入れたことは、国田さんは相当な負けず嫌いだったのだね。貴女も働きながら学んだ経験があるのだから、この定時制看護専門学校と縁があったのかもしれないね」

「私も、今、そう思うようになりました」