(しばら)く見つめ合っていた二人だったが、腕を掴む祖母の力がふっと抜けた。そして祖母は(うずくま)り腰をかがめ、恭子の瞳を見つめた。

「恭子……、感情的になってはいかんぞ……。気持ちを抑えるんじゃ。ましてや、相手を殺そうなどとは絶対に考えちゃあ、いかん」

そして、何時もの優しい笑顔を浮かべた。

その笑顔を見て、恭子は張り詰めていた緊張から解かれ、無意識のうちに涙が頬を伝った。そして天を仰いで大泣きし始めた。

祖母はよしよし、と言いながら、恭子の頭を撫で続けていた。

何故祖母が自分に対して怒ったのか理解出来なかった。悪いのは、この砂場を奪おうとした男の子達だったのに。

理解出来ずに、幼い恭子は泣きじゃくった。

今病室で祖母を見つめる恭子は、その当時の出来事を思い出し、また別の疑問が()いて来るのを感じた。

あのとき祖母は、相手が死ねばいいと私が思ったなんて、何故判ったんだろう……。そして、祖母が発した「それ」とは何だったのだろうか……。

当時は喧嘩をしてはいけない、という意味だと思っていた。しかし、それなら「喧嘩を」とか「そんな事を」と言うはずだ。「それ」などと言うだろうか……。

おばあちゃんが言いたかった、「それ」って……?

恭子は自分の手を見つめた。

手にはタクシーの運転手がはめるような白い手袋がしてある。

一年ぐらい前に、恭子は初潮を迎えた。

その際、祖母が与えた物だった。

他人の前では絶対に外さないこと。

ただそれだけを言って、恭子に手袋を付ける事を義務付けた。理由は今度説明すると言い残して。

それから間もなく、祖母は入院する事になった。

この手袋には、何の意味があるのだろう……。

突如、祖母の呼吸が荒くなった。

恭子は容体の変化を感じ、祖母に近寄った。

祖母は苦しげに身を(よじ)り、突然酸素マスクを剥ぎ取った。

「おばあちゃん!?」

「い……痛い! ハア……ハア……。苦しい……」

祖母はベッドの上でもがき苦しんでいた。

「おばあちゃん!」

切羽詰まった大きな声に、祖母の(まぶた)がゆっくりと開く。

胸を上下させながら恭子の方に顔を向け、視線を合わす。

「恭子……、かい……?」

荒い息をしながら、恐らく焦点の定まらない視界の中、久しぶりに祖母は声を発した。

「恭子……楽にしておくれ……」

恭子は祖母の寂しい言葉を聞いて、思わず手を握りしめた。

祖母にはまだ生きていて欲しい。

しかし、祖母の苦痛を取り除いてやりたくもあった。

医学的な方法が無い今となっては、取り()るその手段は、死――。祖母の身体から生命維持装置を外す事だった。

自分の希望と祖母の要求に葛藤する恭子の頬を、溢れた涙が伝う。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『スキル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。