時は過ぎ――。

恭子が中学に上がった頃だった。

祖母に癌が見つかり、街の病院に入院した。

検査の結果、既に癌は全身に転移しており、手の施しようが無い状態だった。

祖母は集中治療室で抗癌剤を投与されながら、寝たきりの状態となった。

そんな祖母の元に、恭子は毎日お見舞いに行っていた。

日々衰弱(すいじゃく)していく姿を見るのは辛かった。

それでも、いつか回復する事を期待しながら、病室へと通った。

入院した当初は会話も出来ていた祖母だったが、抗癌剤を投与されると意識が朦朧(もうろう)とするらしく、まともに話が出来る時間が日を追うごとに少なくなっていった。抗癌剤の投与にもかかわらず、癌はどんどん進行していき、祖母の衰弱ぶりは日を重ねる度にひどくなっていった。今では、荒い呼吸をするばかりで、目を覚ます事も無くなっていた。

恭子の目にも、祖母の寿命が此処で、この病室で(つい)えてしまう事は明らかだった。

しかし祖母の死が、自分の運命を変えるきっかけになるなど、気づいてもいなかった。

それは祖母が入院して、一年ばかりが()った頃だった。

その日も恭子は祖母の病室に来ていた。

お見舞いといっても、ベッドの脇に座って祖母を見つめているだけ。恭子は、祖母を見つめるだけで他に何も出来なかった。

祖母の荒い息が、酸素マスクを曇らせる。

恭子は、(かす)んでは晴れて見えてくる祖母の乾いた口元を見つめていた。

祖母の額は、水を浴びたように汗が噴き出ている。

皮膚も土気色で、全身痩せこけ、昔の面影が無い。

子供の頃から常に優しかった祖母。

その祖母に何も恩返しが出来ず、この苦痛を取り除いてもやれずに、自分には看取る事しか出来ない……。

恭子の脳裏に、優しく微笑む祖母の笑顔が次々と思い浮かんだ。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『スキル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。